きっとオレの中にあったのは、とんでもない傲慢だったのだ。オレだけがあいつを理解できるのだという傲慢、そしてあいつにはオレしかいないのだ、なんて思い込むという傲慢だ。
……あいつはもう、ひとりで立派に生きている。それをいつまでも子供扱いして手を離せなかったのはオレの方だった。
心のスイッチを切った状態でも、身体は勝手に動くもんだ。
バタン、と背後で玄関のドアが閉じる聞き慣れた音でようやく、自分が自宅にたどり着いたことを理解した。
それからふと、片手に花束をつかんだままだったことにも気づいて自嘲気味な笑みが浮かんだ。せめて持って帰るのではなく、……なんでもない顔で、これはただの何の他意もないプレゼントだとぬかしてあいつの部屋の玄関先にでも置いてくればまだマシだったか?
「……ハッ」
そんなことを考えると、勝手に笑い声が漏れる。出来るわけがない。
大股でリビングに飛び込むと、オレは届け先のない花束を、……無心でソファの上にぶちまけていた。
いま歪んだ口元のかたちを何かと呼ぶなら、その形はかろうじて、なおも笑みに近かった。
人の手による過剰なサービスによって加工された、ひとつひとつトゲもぬかれたバラの花を撒き散らす。繊細な赤いベルベットは乱暴に束から引き抜かれたことでいとも簡単に散らばっていく。せめて棘でもあったほうがマシだったなんてことを思う。こんなに乱暴にまき散らしたところで、なんの痛みもない。ただ散らばっていくだけだ。
自宅のソファをバラで埋めてから、あえてバラの花を押し潰すようにどっかりと両手を広げてソファに腰を下ろした。
「…………くく、……はははっ!」
勝手にこみ上げてくる乾いた笑い声が、部屋の中に吸い込まれていく。大声を出せば鼻腔に勝手に飛び込んできたむせ返るような濃いバラの香りに、呼吸がしづらくなるくらいだった。押し潰してやると思ったバラにむしろ埋もれ、半分窒息させられながら、ひとり空を見つめる。
またすぐ……あいつらに奢ることになるな、そんなことを思えば再びはっきりと笑みが浮かぶ、そしてそれはあっという間に消えていく。……もう、この前よりもっと盛大にチームのやつらに奢ってやって、オレの思いを弔ってもらう他ないように思えた。
だが考えてもみれば、オレなしだってあいつはちゃんと生きていける、いまさらその事実に気づいたわけだが、……それの方がずっとよかった。
いつ腹に鉛玉を食らって路上に打ち捨てられるとも、手足がもがれたりするかもわからない毎日を送るオレだけを頼りにして生きるより、カタギの男と一緒にいることを選ぶのはずっと健全で、ずっと「正しい」ことだ。その点ではむしろ安心していた。
オレがどうなろうと、あいつは生きていける。それはオレにとっての福音だ。
(……そこを間違えるんじゃあねーぞ、……それは良いこと、なんだ)
改めて自分に言い聞かせるようにひとりごちるが、心のどこで否定する隙間もなく、オレはその言葉に素直に納得していた。
だがそんなことを思うと同時に、オレになにかありゃあ、あいつは泣くだろうという確信があった。それは間違いない。
あいつに恋人がいようといまいと、それだけは確かなことだった。それだって傲慢のひとつだとわかっちゃいるが、……あれだけ懐いてきた人間がいなくなって涙も流さないほど、情に流されない人間じゃあないことはわかっている。
そのときに泣いてるあいつに寄り添う人間がいる、しゃくりあげる小さな背中を撫でる手がある、それはむしろ、あいつのことを思うオレにとってもやはり良いことでしかないだろう。オレのせいで泣かせるときがくるとしても、ひとりで泣かせずに済むのだ。
……だが、その背を撫でる手が自分のものでないことを想像しただけで、……クソッ、腹の奥が妙に冷えて、心が簡単に沈んでしまうのも事実だった。
オレなんかがいくら聖人ぶろうとしたところで、最後にはつまずくのだ。
うろんな目であたりを見渡す。ソファに撒き散らされその下にもこぼれるようにぶちまけられたバラの花は、結果としてオレの心を写し出しているようだった。
あいつがこれまでオレに発した言葉や見せた態度の意味を、強さを、勝手に増幅させて読み違えてたのは、オレ自身だ。
何かを「守る」ってことは、害を為すものと守りたい存在の間に立って……自分の背の裏に覆い隠すような行為だ。そしてオレは、その自分の背に覆い隠す行為をしているうちに、オレが覆い隠しているものだからと、……まるでそれが自分のものだと思い込むようになっていたのかもしれない。
そもそも「守る」という行為には、それを自分のものにしたいという暴力的な思考がどこかにあるかもしれないってことに、オレはこれまで、気づかずにいたのだ。
……ずぶずぶとソファに沈みこんだままどれほど動けずにいただろうか、世界の一切が死に絶えたかと思えるくらい静かな部屋の中で突然電子音が鳴り響いて、とっさにそちらに顔を向ける。滅多に使わないが一応手元に置いているだけの携帯電話が、うるさく震えながら音を立てていた。
発信元も見ないまま通話ボタンを押して、髪もはらわずそのまま携帯を耳の上にのせる。
急な仕事が入るなら、むしろ都合が良い。
『……も、もしもし……』
「……お前、」
想像していたような仕事の電話でないことは確かだった。聞こえて来たのは、……さっき、見知らぬ男と笑っていたはずの女の声だった。
『あ、あの……いま、お仕事中ですか? ブチャラティさん』
……驚くくらい、電話越しの声はいつもどおりだ。……そりゃそうか、別にこいつは、オレが何を見てどうなってるかなんて、知る由もないのだから。
「ああ、仕事中だ。何か用か」
できる限り、こちらもいつも通りに聞こえるようになんとか平静を装って返す。だがそうしようと気を張りすぎたか、口からこぼれた声はやけに尖った響きになっていた。
『もしよかったら、あの、……お仕事おわるの、待っててもいいですか?』
「何故だ?」
しかも一体何を待つっていうんだ、……畳み掛けるような返事になった上、そんなことを思う自分の小ささに嫌気がさす。さすがにこうも刺々しい態度を続けられれば言葉につまったか、電話の向こうで小さく息を飲む音が聞こえてきた。
……こんなことがしたいわけじゃない。自己嫌悪に、ひとり顔を歪める。
『…………わたし、……すみません、ブチャラティさんは忘れてしまってるかもしれないけど、先週、誕生日祝ってやるって、言ってくれたの……あはは、本気にしちゃって! 今日、会えるのかなーと思っちゃってて! ……楽しみに、しちゃってて』
「……ッ」
焦りからなのか、初めはやけに早口でやけに明るい声だったのが、最後には寂しげにしぼんだ。そんな声を聞かされれば、簡単に心がぐらぐらと揺らされる。
『……お仕事中に図々しくってごめんなさい。 失礼しました! また、明日……』
「……ボーイフレンドは夜までいちゃくれないのか? ずいぶん薄情なやつだな」
思わずそんな言葉が口をついて出て来た。それに対して間髪を入れず「え?」なんて間抜けな声がかえってきた。
『ぼ……ボーイフレンド、いたことない、ので……』
(じゃあ、あの男は誰だ?)
考えていたのとは違う返事に、出かかる言葉を飲み込んだ。……だが結局惚れた弱みを握られているのはこっちだ、オレは自分の頭から電話を十分遠ざけて深く息を吐いてから、静かに言った。
「……あと三十分で行ける」
『わっ……! ありがとうございます! 無理させてしまってすみません! でも……すっごく嬉しいです! あの、……実はご飯も作ってあるので! よかったら食べていってください!』
「無理はしてないさ。 あの料理長に学んだ料理だろ? 楽しみにしてる」
……実際は、仕事でもなんでもないのだから。あの男の存在を隠そうとしてるのかどうかってのは気にかかるが、恋愛感情を抜きにしたところで、こいつの誕生日を祝ってやりたいと思う気持ちは変わりがない。
それに、……オレが行かないといったら、こいつは自分で作った料理をひとりで片付けるつもりだったのか? その風景を想像してしまうとダメだ、オレはそういう悲しさに弱い。
『あと、あの! 覚えてますか! 18になったら、……はじめての人になってくれるって、考えてもいいって、おっしゃったの、』
「!」
『すみません忘れてください』
「待…」
こちらの言葉が終わる前に、通話は切れていた。
……どういう、ことだ?
オレは混乱を抱いたまま、あいつの部屋へ向かいがてら、昼とは違う花屋でハーブの鉢植えを買い、ワインのボトルを仕入れる。……あいつの部屋に行くんだったら誕生日プレゼントが必要だ、という当たり前の理由よりも、……手ぶらじゃあこの動揺に対抗できる気がしない、という理由の方が強かった。
改めて購った鉢植えは、それこそとげとげしい緑が渡し損ねたバラの花束並みに広がっていて、思わず一人笑う。
昼間に引き返した階段を、もう一度上る。あの時掴んでいたはずのバラの花束はみんな部屋にぶちまいてしまったし、さらに言えばぶちまいたものもスティッキィ・フィンガーズの力によってジッパーで開けた空間に全て放り込んでしまった。
たった数時間ぶりだというのに、ひどく遠くまで来たような感覚になる。
階段をのぼり、あいつの玄関ドアの前に立った瞬間、こちらが玄関ベルを鳴らす前に勝手にドアは開いた。
「っ……」
「あ、……驚かせてしまってすみません! 足音が聞こえて嬉しくなっちゃって……」
控えめにそう言いながらオレを部屋に招き入れるあいつに、……いつもと少し、何か違う印象を受ける。一瞬考えてから、
「……髪、何かしてんのか」
そういえば、こいつがそういうことをしてるのを初めて見る気がした。いつも、最低限店に出るためにしている実用的な身繕いではなく、ふわふわとした感じにゆるく結い上げてある髪に、なんだかきらきらした飾りまでついていた。
「へ……んですかね」
「いや? 似合ってるんじゃあねえのか」
そういやあ服だっていつもとちがう、スカートだって今まで履いてるのを見たことない柄だし、いつもより目線が合いやすいと思うのは、……こいつが珍しくヒールを履いてるからだ。女性の装飾にどれだけ時間をかけたのかかけてないのかの見極めにはあまり自信がないが、めかし込んでいる、のかもしれない。
(……そりゃあ、……一体誰のためなんだ、)
似合ってるといわれて照れた様子を見せる相手に何か思うより、とっさに自分の中でそんな言葉が浮かんだのを追いやるように言う。
「……その頭は、自分でやったのか? 器用なもんだな」
「いえ! 自分じゃこんな編み込み難しくって……。お店の近くに日本人の留学生がいて、その人の練習台になるかわりに安くやってもらったんです。今日は誕生日なので!」
「……そういうのは誕生日とか関係なく、自分の機嫌とるのにはいいことだろ。口実を探す必要なんてないさ。よく似合ってる」
素直に言った言葉に、彼女はまたひどく照れてみせた。
…………それじゃ、昼間見た男はそういうこと、なのか? ただの美容師だって?
……くそ、とにかくいちいち自分の頭の中に浮かぶ言葉のせせこましさに自分でイラついてくる。
「……ワインと、……これ、料理に使えればいいんだが。置く場所あるか?」
「これ……ローズマリーだ! 大好きです! うれしいな……ありがとうございます」
バラの香りに包まれながら、陰鬱に荒れた部屋であれだけ自戒をしたっていうのに、目の前で嬉しそうに笑われれば、……感情を勝手に暴走させるなというほうが無理だ。
相変わらずこいつは裏表なしの親愛をオレの目の前に広げてみせながら、食卓へと招いた。
「今日は前髪燃やしてません!」そう豪語して出してくる料理は、どれもよくできていた。毎日必死に練習してきたんだろう、見た目こそ簡略化されているが、あのトラットリアを思い出させるようなメニューが続く。特に、オレがあの店で好んで食べていたペスカトーレは、思わず反射的に「うまい」なんて言葉が口からこぼれる程度には完成されたものになっていた。
小さなダイニングのテーブルにのっているもの、ふたり分の皿にグラス、カトラリー、
……そしてこうして出される料理の数々、どれもが、こいつがあの夜に全てを失ってから一つずつ揃え集めてきた、モノと技術だ。それを今こいつは全力でオレに披露しているのだと今更ながら気がつく。
どれもが、決して楽に揃えられたわけじゃないだろう。そしてそれを見せたいと思ったのがオレだったということに気づいてしまうと、……また簡単に心がぐらつく。
「……なあ、慌てて用意なんかしたからアレだが……。今お前が欲しいものを教えてくれないか。こんなに歓待されちゃあアレだけで済ますわけにはいかない」
「ええ? アレって……。わたし大事にローズマリー育てますよ、それだけでいいんです! 料理も食べてもらっちゃったし……」
「……食わせてもらったのはオレだし、それじゃあ釣り合ってねえだろ」
次々と出される料理をふたりで食べながら、そんな会話を交わす。あれはどうだ、これはどうだ、プレゼントをいくつか提案してみたところでなんだかんだあいつは曖昧にはぐらかしていた。
しばらくそんなやりとりをした後、ドルチェをとってくる、そう言って席を立ったあいつはダイニングテーブルの少し後ろにある冷蔵庫を開いてから、……何も取り出さずに、そのドアをバタンと閉じた。
「……?」
「こんなこと頼むの、ひどい、って、……わかってるんです」
冷蔵庫に向かってささやくように、あいつは言った。
「……何、」
「きっとあなたも、あなたの……恋人だって、気分が悪くなるだろうこと、……でも、……あなたが、いいんです。……口に出すことだけ、許してください。すぐに断ってくれていいので、」
そこまでをこちらに背を向けたまま、冷蔵庫に懺悔でもするみたいに言ってから、くるりと振り返って、……オレに泣きそうな顔を向け、涙を抑えようとしているのか歯を食いしばったまま、あいつは言った。
「や、っぱり……はじめて、を、……あなたと、したいんです。……わたし、……あなたとの、一晩が、……ほしいものです」
一瞬、何を言われてるのか理解できなくなって固まる。
硬直したオレを見て、あいつは立ってられなくなったのか冷蔵庫に身体を押し付けるようにしてから、まくしたてはじめた。
「こ、困ってる人を見過ごせないあなたに、こんなこと言うの本当最低だってわかってます! 脅しみたいなものだって、わかってるんです。でも、わたし、……あの日から、きっと……それを希望にしてなんとか生きてきたんです」
自分の組んだ手を顔に押し付け目を閉じたままつぶやく姿は、まるで祈りを捧げる姿に似ていた。だが場所は相変わらず小さなダイニングキッチンだ、シンクには食ったばかりの皿が水に浸してあって、そんな場所であいつは相変わらずずり落ちそうな身体を冷蔵庫に押し付けながら、祈っているように見えた。それと同時に、まるで少しでもオレから距離でも取ろうとするようにしながら続ける。
「……あの日から、またいつかあの怖い人に襲われるかもしれないって勝手に思って動けなくなる日もあったし、トラットリアで、まわりの人はみんな優しいのに仕事もなかなか覚えられなくて火傷ばっかり増えて、ことばも全然うまくならなくて、……孤独で、つらいことからなかなか逃げられなかった毎日だけど、……ブチャラティさんのお顔が見れるだけで、わたしは安心できたんです」
——淀みなく紡がれる、しかしひどく震えた声は、自分が一体何を言ってるのかわかってるんだろうか? オレは……その熱烈さに、その思いの強さに、めまいがしてくるくらいだった。
「それにおとなになったら、ブチャラティさんに、……おとなのやり方で、抱きしめてもらえるんだって、そう思ったら、……ばかみたいですよね、でもなんとか乗り切れたんです。……あの最悪の日を、ブチャラティさんとのロマンチックな約束に塗り替えられたように思い込んで、なんとか生きてきたんです」
……洪水のように押し寄せる言葉に、返事もできない。 オレが考えている以上に、オレの行為を、ことばを、後生大事にしていたということを、まさに必死な言葉の数々で告白されているのだ。あいつはもう一度目をひらいて、今度はこっちをまっすぐ見つめながら、続けた。
「あの夜も、その前からも、ずっと助けてくれて、そしてわたしを生かす夢をくれて……ありがとう。……あのとき、ブチャラティさんからしたらとっさの一言だったのかもしれないけれど、わたしはあの一言で……生きてこられた」
そこまで言ってから、あいつは赤くなった目のままでぱっと無理やり笑顔を作るとすぐに、すみません、あの、そんな気にしないでくださいね! なんてわざとらしく明るい声で続けた。
「……でも、もう大人にならなきゃですよね! 誕生日まで祝ってもらっちゃって! これで満足しなくちゃバチがあたりますよ! なんか全部言っちゃったら満足しました! もう変なこと言いません! ティラミス食べてください! 変なこと聞かせちゃったお詫びに!」
再びあいつが冷蔵庫の方を向いた瞬間にオレは勢いよく立ち上がっていた。椅子がガタンと大きな音を立てたが、悪いがそんなことを気にしている場合じゃあなかった。
ドルチェを取り出そうと冷蔵庫のドアにかけた彼女の手を遮るように、あいつの後ろから腕を伸ばして、開きかけで冷気を漂わせていたドアを閉じる。冷蔵庫に手のひらをおしつけたまま、オレはそっと息を吐いた。
ドルチェを取り出すためのドアも開けられず、ただ冷蔵庫の前に追い詰められたあいつは、振り返れないまま震えながら立っていた。……見下ろした先、普段は見えないあいつの首筋も耳も、真っ赤になっている。
「……オレは、あの夜お前と交わしたことばを忘れてはいない」
その一言に、彼女の体が動揺したように揺れる。さらに身体を縮こめるように、背中がきゅっと丸くなる。
「……お前が望むのなら、……オレはそのつもりでここに来た」
「……ッ、あ、の…」
オレの言葉に驚いた様子で、おずおずと彼女はこちらを振り返る。
見下ろされたうえ、自分の頭の上に腕があったら怯えるだろうか、そんなことを思い冷蔵庫に押し付けたままだった手をそっと下ろしつつ、オレは続く言葉を慎重に探りながら囁く。
「夢にはさせないつもりだったが、……夢のままの方がいいことだってある。君が、嫌だと感じた瞬間やめるし、それでオレの感情は一切害されることはない。それを保証する。……それに勝手をして君に嫌な思いをさせ続けたという事実の方が、オレをひどくうちのめすだろう」
彼女の手を取る。……それは料理人の指だった、爪の先は短く丸くなっていて、包丁ダコと、うっすら火傷の痕が残っている。努力をして来た手のひらだった。
これまで付き合ってきた女のつややかに伸びたそれとは違う指先に、そっとキスを落とした。
「……オレと、寝てくれ」
目の前でにじんで揺れる瞳を見つめながら、はっきりと言った。触れ合った指先が熱を持って、ちりちりと焼けるような感覚になる。それはきっと、目の前のこいつだって同じだ。掴んだままの指はひどく熱くて、短い呼吸を繰り返すばかりになってしまったその顔は満遍なく真っ赤だ。
「な……あの、先に頼んだのは、私ですよう……」
なんとか絞り出すかのように、彼女は囁き声で返した。