荒れた海の恐ろしさを、オレはよく知っていた。
進むべき航路を辿ることすら難しく、しかも船は人を乗せていることを忘れたかのように、こちらを振り落そうと激しく揺れ続ける。そんな目にあえば、人間なんてものはそもそもちっぽけな存在で、自然にしがみつくだけのものだとぼんやりと理解するようになる。なすすべなく翻弄され続ければ、自分の命は海に握られている、そんな当たり前のことに気づく。
ふと気づくと、オレは再び冷たく叩きつけられる雨風に晒されていて、いつ夜の海に転覆するかもわからない小さなボートに乗っていた。月明かりはとうに雲の向こうに消えていて、帰り道を正しく示し導くのは、雨煙る先にぼんやりと浮かぶ光だけ……あれは、灯台だ。近くで見れば人の背丈くらいもある強力な光源が、わずかに色を変え明滅しながらその存在を主張している。
光が見えれば、岸がどこかわかるようになる。天地があること以外なにもわからなかった、洋上で暴れるボートにただしがみついているだけの状態から、それさえわかればまだましになる。……むかうべき方向がわかるだけで、それがどこであろうと、寄る辺なきものよりよっぽど幸せだと思えるのだ。
いざ灯台へ、光の方へ。
いくらその方向に船首を向けても、まったくその光に近づけないことにいつしか気がつきはじめたとしても、それは何一つ問題じゃない。
人は船を向けるべき方向がわかるだけで、なんとか生きていける。オレはそう信じていた。
……だがある日、オレがそれだけを頼りにしていた唯一の灯台は、光を灯すことをやめたのだ。夜の海をめちゃくちゃにかき回す雨がいつのまにか止んでいることに気づいても、暗闇の中に取り残されればもう岸がわからない。船首を向ける方向を失った夜のボートは流浪を始める。天地以外の何もかも、(あるいはそれすらも、)わからないまま。