Scegliamo

「ブチャラティの誕生日っていつ? ねー、パーティーとかやらないの?」

そう聞いてきたのは、いつかのナランチャだった。
オレのチームのメンバーも、最初に加入したフーゴに続いてようやくあいつで三人目、まだ、そんなぐらいの頃の話だ。

ナランチャからすると誕生日を祝うことは友情や信頼関係の証のように思えていたようで、フーゴもオレも、イタリアで一般的な『誕生日を迎えた人間が自ら企画するパーティ』なんてものと無縁の人生を歩んできちまったせいで、その一言にふたりして面食らったのだ。
ナランチャが発したのはあくまで「やるかやらないか」を聞いただけのセリフだが、あいつが「やりたい」と思っているのは透けて見えていた。そしてその年から、オレたちはパーティ……というより、レストランで本人が奢ったりするくらいのささやかな集まりをそれぞれの誕生日で行うようになったのだ。

自分の誕生日を祝ってくれる人間が出来た、そのことに驚かないでいられるわけではなかった。父も母ももちろん幼い頃のオレの誕生日は祝ってくれたが、それは親として保護者として、彼らが主体となってオレに与えてくれたものだった。普通の人間はそこから友人を作って、いつしか家族や友人を招くパーティなんかを自分で行うようになるのだろうが――オレはそうなる前に、このギャングの世界にひとり足を踏み入れていたのだ。

ギャングだって誕生日パーティを開いていい、それは当たり前のことかもしれないが、オレもフーゴもナランチャに言われるまでそんなものは自分からは縁遠いものだと思い込んでいたのだ。

だが、ゆっくりと、しかし確実に、そのささやかな催しは少しずつオレたちの日常の中に沁み込んでいったのだ。
誕生日パーティに呼べる相手ができる、……まさか、だ。昔のオレからすれば。
そしてチームが大きくなるにつれそんなパーティに参加する人数も少しずつ増えて行って、そうなればその集まりはどんどんうるさくもなっていったから、今年はいつものトラットリアを借りるのではなく、オレの部屋にチームのメンバーを呼んだのだ。
ただし食事はいつものバールやリストランテに宅配を頼んで、大量の食べ物とワインと、そのほかいくらかの酒を手配した。
部屋にやって来たチームのやつらそれぞれからのプレゼントを受け取りながらも、何よりも今のオレが与えられているのは『こいつらとの時間』だとわかっていた。……そんな事は、わざわざ言うつもりももちろんないが。

時に下品なことで笑いながらメシを食っていたり、冗談を言ってそれが下手だと小突かれていたり。そんな振る舞いはガキっぽいと言えばガキっぽいのかもしれねえが、そんな事していられるタイミングってのも滅多にあるもんじゃあないのだ。オレは自分がその輪に入っているときよりも、まわりの奴らがそうしているのを見ているのが好きだった。

そんな仲間たちの様子を眺めワイングラスに口をつけながら、野郎どもの間でゲラゲラと笑っている彼女を見つめる。
ナマエ――あいつはこのチームの紅一点で、……オレの恋人、だ。

別にチームの他のやつらに恋人同士であることを明かしたってかまわないとオレは思っているが、彼女は奴らにそう伝えることに難色を示した。
「自分ひとりが抜け駆けした」のが気になる、などと彼女は言ったが、そんなのはオレの方じゃあないだろうか? 他の奴らが彼女に好意を抱いていたとしても、いつしかそれを指をくわえて見ていられる気がしなくなってしまったのだから。
ただ、もちろん「上の立場」である人間からの好意はそれだけで権力の行使でしかない面もある。時に情けない姿もさらしながら、ひどく苦労してオレはやっとのことで彼女に思いを伝えたのだった。

恋人同士になったところで、仕事上での関係性が変わることはない。
それをきっとあいつらもわかってくれるだろうし、実際そう出来ているだろうから何も問題は無いように思うが――彼女がイヤだと言うのなら、もうしばらくは秘密のままでかまわない。

空になったワインボトルが部屋の隅にハイペースで積みあがっていく。……広い部屋に越してよかった、六人も人間がいるとさすがに狭くも感じるが、もともと部屋にあったL字型の四人掛けソファに、ダイニングからスツールを持ってくれば全員が同じ場にいられるようになったのだから上々だ。

ふと気が付くとナランチャが、オレからしたら酒に全く合う気はしねえがマシュマロの袋なんかを抱えて白い塊をむしゃむしゃと食っているのが目に入る。あいつはそれを時々、ぽんと空中に投げては口で捕まえていた。うまいもんだと眺めていると、ずいぶん酔っているんだろう、手元が狂ってフーゴにそれをぶつけてしまって、食い物を投げるなと至極まっとうに怒られていた。半分キレかけたフーゴに一張羅にワインでもぶちまけられそうになってからは大人しくしていたが、何かを思い出したようにナランチャはまたマシュマロの袋に手を突っ込んで、それをくわえたままあたりをキョロキョロと見回し始めた。

「な~~~? 何探してんの?」
「いやちげ~よ、……じゃあいいやミスタで! ほら、ン!」

ミスタの問いに対してナランチャはマシュマロを口にくわえると、自分の顎を持ち上げて、くわえたマシュマロをくれてやるとでも言うようにミスタに見せつける。
見せつけられた先のミスタが怪訝そうな顔をしているのを見てあいつはくぐもった声で、しかし器用にマシュマロの隙間から声を出した。

「これ! ミスタも口で取るんだよ! テレビでみたんだよぉー」
「ハァ? いや…おめーよォ! なんで男ばっかのとこでやるかねぇ!? おいこっち来るなって!」

あきれた顔をするフーゴと対象的に、笑いながら逃げ追われるミスタの姿を、あいつ自身も酔ってるのかまあまあの大声ではやし立てているナマエの姿を見つめる。あいつが腹を抱えて笑う姿を見るのはいいものだ、……真っ赤な顔で身体をくの字に曲げて大笑いするその姿を、きっと彼女のこれまでの恋人は見たことだってないだろう。それはこうして、恋愛という面に限らずにそばにいられる人間の特権であるように思えた。アルコールに浸食されはじめた思考がふと、そんな言葉を思い浮かべさせる。
(……なんだ、それは)
自分がそんな方向の嫉妬にも似た感情を持つとは思わなかった、動揺をアルコールで流そうとするかのようにオレはワイングラスに口をつける。

オレの隣で静かに酒を飲んでいるアバッキオも、うるさいと眉を寄せるのではなく、むしろあいつらの追いかけっこを面白がっているように見えた。その目元は普段より細められやわらかな印象を与えるものだった。「テーブルをひっくり返すんじゃあねーぞ、」そうぶっきらぼうに言い放つ声も、どこか楽しげだ。

やはりあいつらもオレ自身もガキみてえなことしてるなとは重々承知だ。……だが、こうして仲間と一緒にガキみてえなことをする余裕の少ない人生を送ってきたのだ。
この一瞬くらいは、そういう楽しみを得たっていいだろう?

「おら、ミスタ! やるってば!」
「だからいらねーよ!」
「ぇえ……? じゃあ、ナマエ! お前にやるよ~!」

余裕の顔でやり取りを眺めていたはずだが、ワイングラス越しにその言葉を聞いて自分の眉がひくっと動くのがわかった。
彼女はどう応えるのだろうか、そう思いながらじっとあいつを見つめていると、……嫌な予感がする、赤い頬のまま、ナマエはニヤリと笑って見せた。

「仕方ねえなぁ! 来い!」

そう言いながら彼女は掴んでいたビールのボトルを音を立ててテーブルに立てた。ミスタから、男前だな! なんて謎の掛け声をかけられながら、ナマエはまんざらでもなさそうな笑顔でナランチャに両腕を広げてみせて——。

「ナランチャ!」

……今叫んだのは誰でもない、このオレだった。
気付くと、オレはナランチャを大声で呼んでソファから立ち上がっていた。驚いた顔で、ナランチャとナマエがオレの方にくるりと顔を向ける。

オレは向けられた二人分の視線を無視してずかずかと野郎どもの足の間をまたいでいって、マシュマロをくわえたまま驚いた顔をしてみせたナランチャの頭を両手でつかんで固定する。それから、そのまま自分の顔をそこに寄せた。まだ状況を理解していないナランチャの目を見つめながら――あいつがくわえていたマシュマロを自分の口で奪った。

「……今日はオレの誕生日だから、マシュマロ一個だってオレのもんだ」

手では黒いくせ毛の頭を掴んだまま、頬にはマシュマロを詰めたまま、言い訳するように言い切る。……いろんな意味で恰好がつかねえ、きっとオレの方を見ているだろうナマエの方に目線を向けることはできなかった。
ナランチャはどこかぽかんとした顔で見つめてくる。ミスタが口笛付きで色男だのなんだのとはやし立ててくる声を聞いていると――ナランチャからマシュマロを奪うにしろ、別にあいつが提示したルールにのっとって口で取る必要はなかったのではないかとどこか冷静になってきた。
オレはぱっとナランチャを開放して元のソファに戻ると黙ったままもぐもぐとマシュマロを咀嚼する。やっぱりマシュマロはワインと合う気はしなかった。

ナランチャはその場に立ち尽くしたまま、なぜか胸の前で自分のこぶしをぎゅっと握りしめながら、ふわふわした様子で言った。
「かっ……かっこいいねブチャラティ……。すっげー……近くで見ると……すげーまつげなげ〜の……超……なんか……かっこよかった……」
「……まつげは普通だ、みんなそんなもんだろ」

……まだ彼女の顔は見られないまま言えば、まつげの長さなら負けねえ、オレのまつげにはパスタがのるだのと言い出したミスタにフーゴがじゃあのせてみろと絡んで、その場の話題はどんどんと違うものに流れていく。

自分の唐突な行為へのいたたまれなさで会話の輪に入れなくなり、無言で酒を飲むだけになったオレを眺めていたアバッキオが、隣でふっと息を吐いて笑った。
「アンタなあ……」
わかりやすすぎんだろ、そうとでも言いたげなあいつの口元はにやりと笑っていた。
「だがいいと思うぜ、それくらいの欲を持っとくことはよ」
「…………」

それにうまく返事ができないまま、オレは無言で酒をあおった。

 

酔っ払いたちがなんとか歩ける程度の正気を残しているタイミングで、そいつらに帰宅を促しつつ、立ち上がれても危なっかしく身体を揺らすようなやつに肩を貸しはじめたのはアバッキオだった。
オレのためにきてくれたのだから今日もいつものように朝までいても構わないと言ったが、それぞれめいめいに今日ぐらいは迷惑をかけずに帰るのだと言い張った。迷惑だと思ったことはそうそうないが、……おい、普段はそう思っていたのか?

そしてアバッキオは、ソファの上でぐっと伸びをしてから靴を履き直そうと自分のかかとに触れていたナマエに向かって、ごく自然に言った。

「ナマエ、おめーはまだそんな飲んでねえから片付けぐらいはできんだろ。ブチャラティ手伝ってから帰れ。……オレはこいつらをどうにか家に帰す」
「ん? わかった、まかせて〜」

特に疑問もなさそうにひらひらと手を振ってみせるあいつを眺めていると、アバッキオがチラリとこちらを見て、意味ありげな目をしてからゆっくりと瞬きをして見せる。そのまばたきだけで十分すぎるくらい、相変わらずの仏頂面ながらあいつの表情は雄弁だった。
ほんの少しだけ年上の部下が、今日はまるで兄のように振る舞う。それがこそばゆくもあり、こいつこんなことするんだな、そんな新鮮な気持ちにもなる。

「やっぱオレまだ帰りたくない〜! ねえーオレもナマエと一緒に片付けするから〜!」
「……いいから帰んぞ」

そう言いだしたナランチャも、アバッキオが指先で背中を押すようにして部屋から連れ出してしまう。……そこまでしなくてもいい、そう言いたいところではあったが、ふたたびあいつがあまりにも真剣な様子でオレとナマエを二人きりにしようとしているというのがわかってしまって、感謝こそすれどそのいじらしさにニヤリと持ちあがりそうになるくちびるの端を無理やりに噛む。

「Buon Compleanno! ブチャラティ!」
「そーだった! 言い忘れるとこだった! Tanti auguri!」
「お誕生日おめでとうございます、また明日」

口々に祝いの言葉を述べて玄関を出た部下たちを、らしくもないと思いながらも一人一人にハグをしてやってから見送った。
やはり、まだその祝われるという幸福を『当たり前』として受け入れられるようにはなっていなかったようだ。あいつらから手渡されるその言葉が、態度が、オレの心を柔らかく包む。柄にもなくハグなんかしてやりたくなるくらいには。

「……なんか……急に静かになると、ちょっと寂しい感じしちゃうね」

玄関を閉じる音を聞いて振り返った先、ふたりきりで部屋の中に取り残されながらオレの後ろでナマエがささやいた。

オレがその言葉に何かを返す前にそれじゃあ片付けするか、そう言ってさっそくピザの入っていた箱を掴んだ彼女に大股で近づいて、……オレは、何も言わずに背中から抱きしめていた。片付けなんか今はしなくていい、ぎゅっと力をこめて抱きしめながら、ナマエの髪に顔をすり寄せる。あいつがそうされてひどく驚いているのは、彼女が腕の中で一瞬身体をこわばらせたことでわかっていた。
だが何から言えばいいんだろうか、……チームの奴らには隠しておきたいと言った彼女の思いに反するような振る舞いをした自覚はあった。まずどこから何を伝えるべきか――

「……さっきは、ごめんね。ふざけてるって言っても、嫌だったんだよね」

こちらが言葉を探している間に、彼女の方が小さく囁くのが先だった。

「言い訳するとさ、……全然、特別に意識とかしてないから別にいいかな~って思っちゃってたんだけど、……目の前でやられるのはやだったよね、相手が誰でも。……ごめん」
「……いや、……オレの方こそすまなかった、動揺して……君はあいつらには黙っていたいと言ったのに」

それでもあんな振る舞いが出たのはなぜか――すでにナマエも気づいているのは分かっていた。
オレは彼女を抱きしめながら、低く囁く。

「……自分がこんなに嫉妬深いとは思わなかった」
「意外だった……けどさあ、悪くないね」

ナマエが、彼女の身体に回したオレの腕を軽く撫でるようにとんとんと触れた。その仕草に導かれるように腕から力を抜くと、彼女はオレの腕の中でくるりと振り返って、こちらを見上げて笑った。

「……誕生日に、恋人じゃない相手とのキスで終わりにするつもりじゃないよね?」
「……おい、キスはしていないだろ!」

その返事に、ナマエはニヤリと微笑んでから背伸びをすると、そっとオレのくちびるに自分のものを重ねる。重ねるだけのキスを何度か繰り返してから、たまらなくなってしまってオレは彼女のくちびるを食む。あいつの喉の奥に一瞬詰まった息を頬で感じると、それだけで自分の腕に力がこもるのがわかった。
それから、少し顔を離す。ナマエの瞳を至近距離でじっと見つめながら、ぱかり、と彼女の目の前で口を開いて見せれば意図はすぐに伝わった。熱で細まった瞳でこちらを見つめながら、ナマエはオレの真似をするようにそっと口を開く。
キスをする瞬間よりも、まるでひな鳥のようにこうして言われるがまま口を開く彼女の姿を見た時の方が、自分の身体に熱がめぐる感覚を覚える自分がいた。
舌を絡めればいつだって甘い。アルコールの匂いすら、彼女とのキスを邪魔することは出来ない。舌を絡めて吸って、歯列をなぞる。舌の裏に触れながら何度か頭を撫でるように触れていると、甘くかすれた声が彼女の鼻から漏れ聞こえてくる。

キスをしている間に、快感のためか膝をがくんと一瞬曲げてしまった彼女を支えてやりながら、二人でソファに飛び込んだ。身体の上にのせると発熱しているかのように熱いナマエを腹の上にのせたまま、そっとつぶやいた。

「……なあ。やはり……あいつらに言うのはダメだろうか?」
酔いでも回ってんのか、自分の口から出てきた言葉はずいぶん幼い響きをしていた。だがそれを取り繕う前に、彼女は頭をすり寄せながら返した。
「……言おっか。…………待たせてごめんね」
「……いや、待たされたわけじゃあないんだ、そんなことは言わないでくれ……」
それからの言葉は、寄せ合った口の中にとけていく。ちゅう、と音を立てたキスを繰り返しながら、アルコールで熱せられた口の中で舌が溶け合っていく。お互いの体温が高くなっているのを感じる、抱きしめた先、服の生地越しにいとおしい熱の塊がそこにある。

「……ベッドへ?」
お互い片足はソファからこぼれて床に向かって落ちていた。何とか身体の残りの部分を無理やり二人でソファの上に収めている状況だ。移動するかというつもりで聞いたが、ナマエは自分でジャケットをその場で脱ぎ捨てて放りながらオレをどこか好戦的な目で見つめて囁くものだから、オレは首の裏が熱で焼けるような感覚にさせられるだけだった。

「…………ここがいい」
「……仰せのままに」

片付けなんて、もう今晩は出来なくなるのはすでにわかっていた。彼女に「欲しい」と思われることが、求められるがままに捧げられることが、何よりも嬉しいのだと実感させられてしまう。

「……お誕生日おめでと、ブチャラティ」

彼女の声を聞きながら、ふたりでソファに沈んでいく。
互いに求めるかたちを手探りで目指しながら、選び取って時間を重ねていくのだという実感。焦らずに最適を求めていくことができる関係。
それがオレに与えられた何よりの幸福だと理解させられながら、彼女の首筋に顔を寄せていた。

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