プラスチックのゲージを抱えて帰宅したわたしを、ブチャラティはどこか不思議そうな表情で出迎えた。
「……そりゃあ、……なんだ…?」
「あー…、ごめん、話すの忘れてた……。前にね、職場の人に旅行の間預かってくれーっていわれてて」
言いながら、家まで必死に抱えて帰ってきたゲージをテーブルの上に置く、……その中を見つめるわたしたちふたりの前で、ゲージの中の小さな小屋からちいさな白い塊がひょこりと顔を出してこちらを見つめ返した。
「これは……。ネズミ、……か…?」
「ネ…? ハムスターだよ! 触ってみる?」
くりくりとした瞳に見上げられながら、ブチャラティは半分こわばった顔のまま、無言で頷いた。
「手の上にいるとおやつがもらえるって知ってるから、この子触られるの好きなんだって」
「へえ……案外賢いんだな」
そんなことを言いながら、彼は自分の手の上でじっとしているハムスターを覗き込む。ハムスターはもともと小さくってかわいいけれど、彼の大きな手の中にいるとさらに小さく小さく見える。
頭を撫でてみたら? そう提案してみれば、一瞬こちらにちらりと目線をやってから、そろそろと彼は白いまん丸に人差し指を伸ばす。やわらかな被毛に触れた瞬間、ハムスターではなくブチャラティの方が小さく声を漏らした。
「っ、わ……」
「どうしたの? この子べつに噛もうともしてないよ、いい子にしてるよ」
「……思ったよりやらけえから驚いた」
とにかくおっかなびっくりという感じで、撫でられて平たくなるちいさなふわふわを手の上に乗せているブチャラティはすごくめずらしくて、……うっかりかわいいと思ってしまう。もちろん、同僚のハムスターよりも、私の恋人の方を。
……ああカメラ! カメラを用意すればよかった。一生記憶にとどめておきたいくらいに、彼が小さな生き物を手にのせて、顔を近づけその黒い瞳に自分の青い目を合わせようとする様子に愛おしさが押し寄せる。
たまらなくなって思わずちいさくため息を漏らしたら、ブチャラティはそれを耳ざとく気づいて、ふと淡く微笑んで見せてから、独り言のように呟く。
「……ペットなんて飼ったことがなかったから、……見てわかるだろうが、結構緊張してるぞ」
ねこに餌をやってたことはあるんだが、そう続けた彼に笑う。
「でももうすっごく仲良しに見えるよ。……かわいい」
「ああ、……わるくない。いい目をしている」
自分のことをかわいいと言われていることには気付いていない様子で、ハムスターに語りかけるにはあまりにも丁寧なやり方で、その目を覗き込みながら彼はいう。
「……生きてるんだな、こんな小せえのに……」
ずいぶんとしみじみ感じ入るようにそう囁いて、こんなに小さいとつぶしちまわねえか不安になる、なんて続けてから彼はハッとしたように目を見開く。
「……妙なデジャブを感じたと思ったんだが、……そういやお前とはじめてあったときもおんなじようなことを思ったな」
「え……? い、生きてんだな、って……?」
それはさすがに、失礼……というか、まさかハムスターで既視感を感じられるような存在だと思われていたのだろうか、少し複雑な気持ちで聞けば、彼は自分の手の上をちょこちょこ歩き出したハムスターに目を落としながらささやく。
「……いや。ああ、あったかいな、あと、つぶしちまわねえかってな」
たしかに、ブチャラティとわたしの体温には差がある。いつだって触れれば彼の方がすこしだけ冷えていて(胸元があいている服を好むからか、なんてことを考える)触れ合っているうちに馴染んで同じ温度になる肌がいつだって愛おしかった。
まあ温度の話はいい、そうではなくて、
「……つぶす、て……そんなこと怖がってたの?」
「……怖くならない日はない」
丸いふわふわから目を上げ、こちらを優しく見つめてブチャラティがあんまり静かに言うものだから、……彼が言うつぶしそう、が、実際に体格差で押しつぶすってことだけを怖がってるんじゃないことがわかってしまう。
彼は時折こんな顔をするのだ、その度に言い聞かせるように言い続ける。
「……つぶれないよ。ハムスターより丈夫だし」
「そうだったな。変なこと言った」
「別にいいけどさ……いまのって、甘えてる?」
半分本気で言ってみれば、ブチャラティはピタリとハムスターを撫でていた指を止める。
「…………そう聞こえたか?」
じゃあそうしよう、彼はそう言いながらやけに上機嫌で白いふわふわをゲージに戻した。
「またなネズ公」
「ハムスターですってば」
リクエスト「ハムスターを愛でるブチャラティ」