この夜にただ二人 - 2/2

そこからは随分お互いに性急だった、顔を寄せ合うと、初めてのキスにがっつくガキみてえに歯がぶつかる。鈍い痛みとともにうっすらと血の味を感じるが、そんなことを気にしていられる余裕はなかった。

ろくに服も脱がずに、手をのばしあう。足だけで自分の靴を蹴飛ばして無理やりに脱いだのはふたりともだった。
一秒だってはやく冷えた身体の芯に触れたい、お互いがそう思っていることが、もつれる指先の触れ方で、熱っぽい視線が重なることでわかる。

そっと彼女の服の中に手を差し入れる、まだ冷えたままの指先で腹を撫でられるだけで彼女はびくんと身体を震わせる。……たまらなくなって、ぐっと彼女のシャツを首元までたくし上げた。電気もつけないままの部屋の中で、下着に包まれた胸元、白く光る鎖骨の下に思わず顔を寄せてくちづける。音を立てて赤い痕をつけると、彼女の方も身体を浮かせてオレに頭を近づける。そしてオレの首筋にもくちびるをつけて同じ痕を残した。

首の裏に回された手のひらは、ときにオレにすがりつくように力が込めながら、こちらの後頭部を柔らかくなでていた。
ああ、彼女はひたすら、オレを甘やかそうとしているのだ、……そんな感覚になる。

ナマエはオレの名前を呼びながら、こちらをまっすぐ見つめた。オレに服を乱された白い身体が夜に浮かび上がる。改めてそれを認識してしまうと、すでに早くなっている脈がさらに速くなって、ひときわ熱くなった血が身体に回っていくのがわかる。

「……ッ、悪い、……かなり、余裕がなさそうだ」
「……わたしもだから、いいよ、……余裕なんかなくて……」

その言葉に突き動かされるように、彼女の胸元、きちんと脱がす余裕もなくただ下着をずらして直接手を伸ばす。
指先だけで目指す場所にふれる。丸くふくらんだ胸のラインを指の背で撫でてから、柔らかく掴む。服の下にあったそこはひどく温かい。オレの手が彼女の熱をうばってしまってしまってはいないかと、そっとささやく。

「……冷たくないか?」
「大丈夫……気持ちいいよ」

そんなことを言われてしまえば油断すると触れる手に力がこもってしまいそうで、必死に自分を押しとどめながら、指先でその柔らかさを味わう。そうされるだけで、オレの指の感覚以外追えなくなってしまう彼女の必死な表情が好きだった。
何度か全体を柔らかく掴み撫でただけで、もう期待で硬くなっている胸の先を指先でかすめるようにふれてやると、それだけでナマエはぎゅっと目を閉じて身をよじる。何度か触れるか触れないかの力の弱さで撫でてやれば吐息混じりの声が微かに漏れた。しばらくそうしていたいくらいだったが、余裕のない今、オレは我慢しきれず彼女の胸元に顔を寄せた。その白いふくらみのはじまるところにそっと口付ける、音を立てて赤い痕をつけてから、濡れた舌を這わせていく。
だが硬くなった胸の先を舌で触れるのをさけていると、もどかしいのか、ナマエは半分泣きそうな声を漏らす。……やはりいくらでも焦らしてやりたいのは山々だが、……クソ、オレの方がよっぽど余裕がないのだ。ズボンの下はとっくに熱を帯びていて、わずかに甘い痛みすら持ち始めていた。

敏感になった胸の先を、彼女が期待した通りに舌で触れる。

「……んあ、あっ……! それ……っ」
「好き、だろ」

ナマエは返事も出来ないまま、だが確かにコクコク頷いて見せた。

舌から伝わるやわらかな感触ももちろんそうだが、よろこぶ彼女の表情や声が何よりオレを満たすのだ。
指よりももっと丁寧に触れられて、指よりももっとこちらも受け止められるものが多い。
その身体に舌を這わせながらいつだってじっと彼女の顔を見つめてしまうが、ナマエの方はそれに気付ける余裕がある時の方が少なくて、必死に快感をやり過ごそうとする表情をオレだけが見られるという事実にいつも興奮していた。

「……ん、…っ、あ、……っ…!」

敏感に立ち上がったままのそこを舌で何度も押しつぶすようになでて、彼女が小さく声を上げたタイミングで吸い上げてやると、その声は甘く部屋に響く。与えられるひとつひとつの動きをいちいち拾い上げてしまう彼女が愛おしくて仕方がない。
胸の先を舌先で触れながら、手では柔らかく持ち上げるように胸全体をやわらかく揉むと、甘い声は止まらなくなる。軽く歯を当ててやると、ひときわ高い声をもらしながら彼女の腕がオレを強く抱きしめた。

指先で、舌で。胸に触れられていただけで彼女が軽く身体を震わせたタイミングで、その胸元から顔を上げると、むき出しの白い腹をそっとなでて、それから足の方に向かって舌を這わせていく。体温があがってきたといっても触れた先の肌にはまだ冷たいところも残っているのを舌先で感じる。

濡れた肉で肌の上を辿られ、柔らかく撫でられるたびに彼女がこらえようとして、だが失敗して漏れ出てしまった小さな声が聞こえる。その声がもっと聞きたくて、この柔らかな肌に自分の一番やわらかいもので触れられるという事実を噛みしめながら舌での愛撫を続ける。性感帯と呼ぶにはもどかしすぎるような、脇腹なんかも舌で触れてやるとそれだけで彼女の身体が跳ねる。またそこにも赤い痕を残す。

胸のすぐ下、それからだんだんと足の方へ。舌が自分の身体の上を移動していく間、その身を震わせていただけのナマエがそっとオレの頭に手をのせた。それに顔を上げると、オレの方をうるんだ瞳で見つめながら彼女がささやいた。

「……シャワー……、浴びてない、から……そこから下は……」
「……ああ、」

聞き分けの良い返事をしながらも、彼女の腰のあたり、スカートのすぐ上、次はこの下にもと予告するようにキスをした。それからそこも軽い音を立てて吸って、薄い肌に赤い痕を残す。

そのままナマエのスカートをたくし上げると、下着のふちを何度か撫でてから、その中に指を滑り込ませる。ここまでに触れてきたどこよりも熱い、そしてすでにもう蜜のような熱い雫があふれていて、ふと口元が笑みの形に緩んでしまう。
彼女に覆いかぶさったままのオレがそんな表情を浮かべたのに気づいたのか、ナマエは少し照れたように眉を寄せると、ふっとオレから視線を外す。その仕草がまたオレの心にじりじりと、甘いやけどのような痛みを覚えさせる。たまらず、うっすらと汗をかいているその額に音を立ててキスを落とした。

彼女の下着の中、なおも熱そのものの様な雫をこぼすところを何度か触れてから、そっとそこに指をうずめていく。……熱い。あの冷えた身体の奥にこんな熱が潜んでいたのだ。その秘められた熱に触れられる喜びを感じながら、今触れることを許されているそこが彼女の身体のどれだけ奥なのかを理解させられる。

「……っ、あ、あっ……」
「……すげえ、熱いな……」

期待していた通りの、快感にとけた彼女の声に身体が震える。もっと聞かせてほしくて何度も指を動かすと、オレの身体の下で彼女は身体を震わせながらさらに声を漏らす。
少しずつ指を増やしていくと、それを敏感に感じ取っているのがわかる。声はさらに震え、オレを見上げる目がとろけてまるでこぼれ落ちそうなくらいになる。

頭を片手で撫でてやりながら、もう片方の手では彼女の足の間のとけた熱をさらにぐずぐずにしようとたえず指を動かし続ける。止まらずあふれてくるものが指の付け根まで濡らして、淫猥な水音を立てていた。
こうして触れている間に、とっくに限界に近かった自分の熱がさらに下半身にこもっていくのがわかる。ずきずきとした甘いうずきがひどくなっていく。

「ブローノ、あ、も、ッ……いっちゃう、もういっちゃうっ……」
「ああ、……見せてくれ、その顔……ッ」

ひときわ激しくびくびくと彼女の身体が震えて、彼女の中に触れている指がぎゅっと締め付けられる。強い快感に声にならない声をかすかにこぼすナマエを見ながら、たまらず何度も軽いキスを頬に、くちびるの端に、汗をかきはじめた首筋に音を立てて落としていく。

キスをされるがまま、どこかぼんやりとした表情のまま肩で息をするナマエの頭をそっとなでて、それからようやく自分のズボンに手をかけた。
……彼女とひとつになるための準備をしているオレを、じっとナマエが見つめているのには気づいていた。
その視線の意味を問うように見返すと、彼女は何も言わずに、相変わらず肩で息をしたままにまにまと嬉しそうに笑うだけだった。

……煽っている、と呼ぶにはあまりにも無邪気な笑みだった。だが確かに、オレが触れるということを手放しに喜んでいるのがわかる、柔らかなその表情。

触れて良いのだと、これがその身体を暴く行為でありながら、それでもよいのだ、むしろオレに触れられて喜んでいるのだと伝える表情。……それが受容でなくて、なんだというのだ?

脳の奥がぐらりと揺れる。受け入れられているということがこんなにも心を揺らすのだと、いまさらながらに教えこまれるような心地になる。
これが人生ではじめてのセックスってわけじゃあ当然ない、……それにオレも彼女も、恋人としても、身体を重ねる相手としても、お互いが初めての相手ってわけでもない。
だからこそ今夜のように、彼女がしてくれたように丁寧に、だが果敢に踏み込んでくることが、その上でただ受け止めることがどれだけ難しいことかはわかっていた。

何も伝えられないままのこのオレを、彼女はこうして甘やかすのだ。

オレがナマエの下着に触れる前に、彼女の方が自らベッドの上で腰を浮かせて、自分で下着から片足を抜いた。それを見てもう我慢が出来なくなって、オレは彼女が両方の足を下着から抜き去る前に、その足の間に自分の身体をもう一度滑りこませた。

薄い膜をまとわせた熱を、少しずつ彼女の身体の奥までうずめていく。包み込まれるような柔らかな肉の感触に、オレのものが腹の中を進んでくるだけで名前を呼ぶ声が上ずる様が、奥に進んでいくにつれ力がこもっていく背中に回された腕が、目を閉じてオレを受け入れるその表情が、……ナマエのすべてが、オレに多幸感をもたらすものだった。

だが何度身体を重ねても、一番はじめに彼女の狭い内側を無理やりに押し広げるような感覚は遠ざかることがない。そのたびに、彼女が一瞬快楽とは違う理由で息を乱すのにも気づいている。

だが彼女は決してその違和感について話すことはない。だから、オレはできるだけ、それがすぐに消えるように、彼女の様子をうかがいながら腰を奥へと押し進めて、それからつながったままキスをする。舌を絡ませてキスをしている間に、さっきの違和感でこわばってしまった身体から少しずつ力が抜けて、一瞬苦し気に寄った彼女の眉間がほどけるのを見るのが好きだった。

そうしてお互いまともに服も脱げないまま、一番奥でつながっている。

キスをしているだけで解れたそこが、動かないでいるとだんだんと痙攣するように力が入ってくるのがわかる。目の前の彼女の顔にはとろけた表情が浮かんでいた。それを見ただけで耳の端にまで、じりじりと熱が走るのがわかる。
「……動いても平気か?」
「うん、大丈夫……」
その言葉の返事の代わりにうるんだ目の端にまたキスを落としてから、ゆっくりと大きく身体を動かし始める。

「っ……、く、……はっ……」
「……ん、んっ…う、あ…っ…」

思わず息をこぼしたオレの動きに合わせるように、彼女の口からもかすかな甲高い声が溢れる。温かい彼女の内側に包まれているだけで、ここまでさんざんナマエに触れている間に十分昂ってしまった自分のものに与えられる快感は普段以上だった。
喘ぎに混じって呼ばれる「ブローノ」という甘い声を聞くと、オレはこのナマエとこうして繋がっているのだ、そうあらためて意識してしまって、なおさら昂ってしまってしかたなかった。こらえきれず本能のままに腰を打ちつけると、腕の中で彼女は気持ち良いとどこか必死な様子で囁く。気持ちいい、ブローノ、何度も呼ばれていると耳からも興奮を流し込まれるような心地になる。

「……ナマエ、ッ……」
名前を呼ぶと、彼女は身体をすくませて小さく震える声を漏らすと、オレの背に回した腕にさらにぎゅうと力を込める。……その仕草に、声に、さらに身体が熱を持つ。ナマエの耳もとに口を寄せると、自分でも素面なら羞恥を感じてもおかしくないくらいに何度も彼女の名前を囁く。

白い肌の上に自分の汗がこぼれていくのを見る、快感に溶けた彼女の瞳がこちらをじっと見つめたと思えば、そっとこちらに手を伸ばしてきた。何かと思っていると、その指はそっとオレの目の端を撫でた。……そうされてから、自分の目が濡れていたことに気づく。
……泣いているのかどうか、自分でもわからない。だが彼女にはきっとそう見えたのだろう、ナマエはそっとオレの頭を撫でる。その手に甘えるように彼女の首筋に頭を寄せて押し付ければ、まるで大きな猫のようだと彼女は少し笑った。

だが、その笑みを漏らすような余裕は続かなかった。彼女の手に柔らかに撫でられたオレが、たまらず追い込むように腰を打ちつけ出したからだ。

「ブロー…ノ、ん、ッ…気持ち、い……んぅ、…あ、あッ…!」

かろうじて言葉の形を保っていた声が少しずつ崩れていく、こうなると彼女の限界が近いのを知っている。
ナマエはどこにも行かない、いまこの瞬間はオレの腕の中にいてくれるのだと理解している。それでも彼女をどこにも逃したくないのだとでも言うように、覆い被さったまま強く抱きしめて、さらに動きを激しくしていく。オレを熱く柔らかに包み込むそこが、彼女の感じる快感に合わせてうねり、オレの方もあっという間に持っていかれそうになる。軽く歯を食いしばってこらえながら、彼女を絶頂させたい、今自分の中にある欲はそれだけになっていた。

彼女のナカから抜けてしまう直前まで腰を引いて、入口のあたりを撫でるようにこすってやれば、ナマエはかすれて高く、泣き声にも似た喘ぎ声を漏らす。……嗜虐趣味はないはずだが、その声を聞くと血が沸騰するような感覚になる。その声までも自分の中におさめたくなって、思わず口付けると彼女の口内を味わいながらさらに腰を押し付ける。

彼女の舌がまた必死に絡めて返そうとする。それもまた、オレをさらに興奮させるのには十分すぎるほどだった。

「ま…た、またいっちゃう、ブローノ、あ、うあ、…ああ…ッ…」

何度も夢中で腰を打ち付けていると、彼女は再び身体を震わせると、オレの首に回した腕と、太ももにぎゅっと力を込めて小さく声を漏らした。そうやってしがみつかれてしまえば彼女の身体にオレと離れたくないのだと言われているようで、自分の身体の下にいるナマエがさらに愛おしく感じられてしまって、たまらず強く抱きしめ返す。

彼女の絶頂の余韻を感じながら上がった体温をそのままに抱き合っていると、お互いの荒い息が耳元で響く。
繋がっていたところ、彼女のナカからずるりとオレの熱を抜けば、それでまた彼女は甘くイッたようだった。腕の下で彼女がかすかに身体を震わせる。
オレは熱くなった自分の身体を、ベッドの上、彼女の隣にどさりと転がした。
片方の頬をシーツにつけ隣同士で見つめ合っていると、ナマエがぼそりとつぶやいた。

「……なんか、わたしばっかりされちゃった感じがする……」

返事をするかわりに、オレは彼女に手を伸ばして抱きしめる。

「そんなことは気にするな。……こうしているだけでも、オレは十分だ」
放っておけばそのうち昂りはおさまる。彼女と一つになれたという事実の方が、彼女に甘やかされるようにナマエを抱いたということの方が、大切なのだ。
「……でも、ブローノは最後までいけてない」

わたしだけ気持ちいいだけなのは嫌だ、彼女はそう続けた。

「それにさ、……性急、って言ったけど……いつもと同じくらい丁寧だったよ」
「……服も脱がずにがっついた相手に言うセリフじゃあないな、それは……」
「……でも〝服だけ〟じゃない?」

そう言う彼女の指先が、薄い膜はすでにゴミ箱に放ってしまった、しかしまだ硬度を保ったままのオレの熱の先に直接ぬるりと触れた。……それだけで思わず息が詰まる。それに気をよくしたのか、彼女は身体をすり寄せて、こちらを見つめながらなおも濡れた熱を指先でぐちぐちと擦る。

「ブローノの気持ちいいって顔が、もっとちゃんと見たいよ」
「ッ……ふ、……オレのことは、いいんだ、本当に……」
もう十分すぎるくらいオレはきみに甘やかされているのだから。そうは言わずに首を振って見せて、彼女の手首をつかむ。彼女はふと手を止めると、オレの胸元に顔を押し付けて、表情を見せないまま囁いた。
「……じゃあ言い方変えるね、……もっとほしいの、ブローノ。……もっと、……ぐちゃぐちゃに、されたい……」

言いながら、彼女はあからさまに照れていた。上げられないままの顔、その耳まで赤くなっているのが薄暗い夜の部屋の中でもよく分かる。

そんなことを言われて、そんなことを自分で言っておいてひどく照れている恋人の姿を見て、それでもこらえていられるほどの聖人じゃあない。

「……ナマエ」
「……引いた?」
「いや。 …………止められなくなりそうだ」

ベッド横の引き出しに手を伸ばして、もう一つコンドームのパッケージを取り出す。やはりその様子をじっと見ていた彼女が愛おしくて、思わず彼女の額にもう一度キスを落としてから繋がるための準備を進める。さっきまで奥まで繋がってたっていうのに、この準備の時間に期待なのか照れなのか、やはりどこかそわついて見せる彼女が愛おしかった。

彼女の足の間に指を伸ばすと、オレを受け入れていたそこはまだ熱く、濡れたままだ。そのままで平気、彼女がまだ照れたままの様子でぼそぼそ呟くのに頷いて見せた。

彼女の隣で横になって向かいあったまま、ナマエの足を軽く持ち上げる。やらしい期待に少しの不安を混じらせた表情でこちらを見つめるナマエとまっすぐ目を合わせながら、オレは彼女の濡れた熱に自分のものを寄せる。
「……んっ…は、あ…」
少しずつ自分の身体の中に侵入してくる熱に押し出されるように、彼女は声をこぼした。ベッドにふたりで横になったまま抱きしめ合うと、さっきまでよりもさらにお互いの身体が密着する。肌と肌が触れ合う感覚は、触れたところから電流だって流れそうなくらいにびりびりと甘い刺激になっているのに、それと同時に穏やかな心地になる。心の奥に冷え固まっていた何かが静かにほどけるような感覚。
さらに奥深くで彼女に受け入れられている、その感覚を噛みしめるように、オレは彼女にぴったりと身体を押し付けると、そのまま動かずにつながったまま抱き合う。しっかりと抱きしめあった先、目の前にあるくちびるに、鼻先に、思わずキスを落とす。

いつまでもこうしていたって構わないくらいだったが、彼女の方が限界だったらしい。
オレを包む熱い内側が軽く痙攣するようにうねり、ナマエがしがみついてささやく。

「……う、ごいて……もう、変になっちゃいそう……」

肉に与えらえる快感と、求められるような声。思わず背中にぞくりと痺れが走る。
オレは彼女に乞われるままゆっくりと身体を動かしはじめる。先ほどまでとは違うところに当たるのか、さらに震えて高くなった声をかすかにこぼしながら、ナマエは溺れる人間が何かを掴もうとするような必死さでオレに抱きついてくる。さらに愛おしさがあふれそうになるのを、止められそうになかった。

彼女のやり方を真似るように、思わずこちらもすがるようにナマエを抱きしめる。ふたりでお互いにすがりつくように抱き合って、その熱を貪る。暗い部屋の中には、動きに合わせて聞こえてくる濡れた肉同士がぶつかる水音と、お互いがこぼす息の音が響くだけだった。

ぎゅっと強く抱きしめられながら、熱を彼女に受け止められながら思う。何故、なぜ彼女はこんなにオレをただ手放しで甘やかすのだ。そんな疑問が湧くぐらい、オレばかりが与えられている感覚があった。
あふれだしそうな気持ちのまま、耳の端に舌を這わせて、そのまま首筋へ。柔らかな肌にくちびるで直接触れていると、さらに感情が高ぶっていく。荒い息をこぼしながら、オレは彼女の一番奥まで腰を打ち付けたまま、その首元に、乱れた襟のあたりに、音を立てて赤い痕を散らす。止められなかった。

ナマエは、そんなオレの頭にそっと手を伸ばして、髪留めも外さないままの髪を撫でながらそっと囁いた。

「……噛んでいいよ」

その一言に、自分ですら認識していなかった欲を見透かされたような心地になる。もっとこの皮膚の上に痕をつけたい、彼女に触れることが出来るのは自分だけだと宣言したい、そしてそんな傲慢な痕跡を残したいという、その欲を。

囁き声に導かれるまま、男のものとは明らかに違う柔らかな首筋の皮膚に歯をあてて、……だが、歯の先でふれただけで引き下がる。
痛みなんてひとつも与えたくなかった。身体を重ねることで彼女も喜んでくれていると言ったって、オレだけがずっと無事で、欲も孤独も受け入れられて、……かわりに彼女は肉の内側にオレを許し、内臓を激しく揺らされているのだ。

どれもが十分すぎるほどだというのに、更にどれだけ差し出してくれるつもりだというのだろう。
そっと首を振ってから、彼女をただ抱きしめる。

「……大丈夫だよ、ちょっとくらい痛くたって……痕、つけてよ」
「……いや……」

そう言葉を濁す。痛みや歯を立てる代わりになるかはわからないが、なおも何か言葉をつづけようとした彼女のくちびるをキスでふさぐ。奥深くまで触れて、上あごを舌でゆっくりと撫でてやればその身体がびくんと震え、オレの熱を受け止めている濡れたそこがきゅうとさらに締め付けてくる。

彼女の身体に残すのならば、痛みよりも快感の方がよい。

繋がったまま、彼女の口内を余すところなく舌で触れる。お互いの舌を絡ませあっていると、唾液すら甘く感じられる。彼女の漏らす息がひどく乱れてしまってから、ようやく顔を離した。それでも、たえずナカをゆるくとも突かれたままなら、キスをやめたところでナマエの表情はとろけたままだった。
だが、もっとだ。彼女の足の間、つながっているところに手を伸ばすと、快感で硬くなった彼女の熱に触れる。

「あっ…! そ、れ……」

触れただけで、ナマエは目を見開いてオレを見つめる。

「もっと、ほしいんだろう? ぐちゃぐちゃ、がいいって……」
「あっ、あ、ああっ……それ、ッ……ん、……っ! きもち、い、ッ……あ!」

腰を打ち付けながら、そこから溢れた蜜で濡れている、硬く主張している小さな熱を指先で軽くこすり上げるように撫でる。内側から奥まで触れられて与えられる快感と、外側から指で撫でられて与えられる快感。ナマエはその二つをあたえられて、半分泣きそうな声をもらした。

「っく、…指、で……するの、ずる……い、ぁ、あッ、気持ちいい、……それ…すき、ぃ、っ…」

少しは、先ほどのナマエが照れながらささやいた望み通りにできているだろうか。
たえず撫で続けてやれば、あげる声は甘い悲鳴に近くなり、オレの指先はさらにあふれてくる蜜でどんどん濡れていく。ぬるついた指はさらに彼女を追い込んでゆく。彼女の身体は、何度もびくびくと跳ねる。

汗をかきながら、目を細めてオレの名前を呼ぶ彼女の顔に、さらに自分の欲も焚きつけられるのがわかる。細められた目の端に思わずくちびるを寄せる、舌に感じたのは汗なのか涙なのか、夢中で彼女を感じているとそれを理解する余裕もない。
柔らかくうねる肉に締め付けられて、今度こそオレの方も限界が近かった。横向きに抱き合ったまま、身体を密着させてさらに腰を彼女の奥まで打ち付ける。

「……ナマエッ…そろそろ……イ、く、……ッ」
「ブローノ、……だ、して…、……こっちも、も、……いっちゃう、あ、ッ…!」

ぎゅうっと再び彼女が縋り付くように抱き着いてきたと思えば、快感でうねるそこにひときわ強く締め付けられ、そのまま導かれるように薄い膜越しに熱を吐き出す。お互いの絶頂を感じながら拍動に合わせて吐き出される熱は、なかなか止まりそうになかった。そうしながら、さらに奥に触れたいとでもいうように、完全に自分の腕の中に隠せてしまうような彼女の身体をオレは強く抱きしめて、彼女の頬に自分の頭をすり寄せていた。

全力疾走したときのように耳元で心臓の音がばくばく鳴っていて、後頭部から背中にまで走った快感のしびれの余韻がいつまでも残る。……ずっとこうしていたい、ふとそんな言葉が頭に浮かんだ。

しばらくふたりで抱き合ったままでいる。彼女の表情は見えない。耳元ではなおも軽く声が混じってしまうような、荒い息の音だけが聞こえていた。
彼女の手のひらがそっと持ち上がって、オレの後頭部をいたわるように撫でた。それだけで、また胸の奥がきゅっと締め付けられるような心地になる。寂しさではなく、いとおしさで。

名残惜しく感じながら、オレは彼女を抱きしめていた腕をほどくとそっと身体を離す。
ナカを埋めていた熱が身体から抜けると、またナマエは甘く小さく声を上げる。……コンドームの処理をしながらいまさらになって、ここまで服も着込んだままでしていたことを自分の身体を見下ろしてから思い出して、その余裕のなさに思わず苦笑が浮かぶ。

「……あ、ついね……」
絶頂のあと特有のぼんやりとした表情で微笑んだまま、ナマエがぽつりとささやいた。

「……ああ、すげー汗だ……」

自分の服を乱暴に脱いで、ベッドから放る。それを見て、彼女ももそもそと自分の服を脱ぎ出した。ナマエの方も汗で服がはりついているのか、シャツをうまく脱げないでひっかかっている姿を見てその袖を掴んで脱ぐのを手伝ってやる。くしゃくしゃの表情でありがとうとつぶやく言い方はやけに幼い響きをしていた。

オレたちは、セックスのあとになってから服を脱いで抱き合っていた。なんだか逆じゃないかとナマエは笑ってささやいてから、静かな声で続けた。

「今日……急に来たのに……わたしを部屋に入れてくれてありがとね」

……突然囁かれたその言葉に、うまく返事が出来なかった。……そんなことは言う必要なんかない、礼を言うのだとしたらオレの方だというのに、

「したい、っていうのも……急だったのに、受け入れてくれてありがとう、ブローノ……」

そっと首を振って見せる。これだって同じだ、……受け入れられたのはオレの方だというのに。抱きしめる腕に勝手に力がこもる。胸の奥で何かがひしゃげてつぶれてしまいそうだった。どうして彼女はこんなにもオレを甘やかすのだ、なぜ。

「君の方こそ、こうして来てくれて……感謝している」

囁いて、彼女のうっすらと汗ばんだ髪に顔を寄せる。鼻先でかき分けた髪は熱をもっていて、汗で濡れたせいでかぎなれた彼女のシャンプーの甘い香りを普段よりも強く感じさせた。オレが好きな、彼女の香り。

「……なあ。……聞いて、くれないか」
「……うん。なあに」

唐突に切り出したにもかかわらず、当たり前のように彼女は夜の中にとけていくようなささやき声で返した。

……何かあるとは、きっと彼女もわかっていたのだ。ナターレについて、あれだけわかりやすく避けるような態度を取られつづければ当たり前だ。だからこそ、伝えるべきなのだ。……べきだ? 自分の頭に浮かんだ言葉を自らで否定する。……伝えたいと、彼女になら伝えてもいいのではないかと、言葉の外で、オレを全力で受け止めると彼女自身に伝えられ続けてそう信じたくなっている、それが正しい。

彼女を抱きしめた腕を一度ほどく。うっすらと月明りが差し込むだけの青い闇の中、ベッドに横になりながら彼女の顔を見つめて、初めてこの記憶を他人に語るために少しずつ言葉を積み上げていく。オレは彼女の手のひらを掴んだままだった。彼女もそうさせてくれるのをいいことに、オレはその握った手のひらを命綱にするかのように、ゆっくりと言葉を吐き出す。

語るのはオレのナターレの話だ。父さんと母さん、家族揃って過ごしていたころの話。父と二人きりになっても、それでも不器用ながらナターレのお祝いをなんとか家の中で実現しようと二人で試行錯誤していた頃の話。
……それから、ほのかな薬品の匂いと、自発的に動かすことができなくなってしまった身体特有の匂い、父の身体が放つ熱にふれる記憶にナターレの風景が変わった話。見知らぬ家族の幸福な声に追い込まれるように、ナターレの夜にこそ、居場所がないと感じるようになった話。

彼女は遮らず、ただこちらを見て静かにうなずく以外、オレに話させるがままにしていた。

「……だが病室で過ごすナターレが続くようになっても、……きっとあの頃は寂しかったが、寂しいだけじゃなかった。完全な不幸ってわけじゃ、なかったんだ」

ああ、言葉にして気づく。そうだ、オレはずっとそう思っていたのだ。忙しさにどうにか埋もれさせ逃げてきた間にも、感覚として頭の中に浮かんでいた事実。それを口にしてはじめて、自分自身できちんと理解できる様になった気がした。

「……哀れまれたいわけじゃない、……たしかに、あの病室で聞く誰かの歓声を思い出すと苦しいんだ。……だがオレは父さんといて、……そうして一緒にいられる時間は、あの頃のオレにとっては、幸福でもあったんだ」

オレはずっとそれを誰かに理解してもらえるとは思わなかったのだ。寂しい、だけどそばにいられることは嬉しい、……その混乱した感情を土足で踏み荒らされるくらいなら、すべてを拒んでしまった方が早い、と。
だが、どこかで受け入れられたいと思っていたのも事実なのだ、本当はずっと。ただそれを悲しい記憶だと言い切られたくはなかったのだ。確かに見ようによっては寂しくて悲しい、みすぼらしい記憶だろう。ガキの頃のオレは確かに、父さんと呼びながらいつだって少しだけ泣きそうになっていた。だが、それと同時にあの時のオレは、それでも父さんといられて幸せだったのだ。

その複雑に折れ曲がってしまった感情ごと、そのまま受け止めてもらえるなんて虫が良い話があるわけないと思っていた。それならばすべてを拒んで口をつぐむのが、正解だと。

自分の顔がひどいことになっているのは、目の前でオレを見つめ返す彼女のほうが、くしゃりとゆがめた表情をしているのを見て知った。……負わせてしまった、自分が抱えていたものを、そう気づいてとっさに「すまない」の一言が喉をついて出そうになる。謝るなと言われたばかりだというのに。

だが、彼女はふっと息を吐いてから、眉を寄せたまま、それでも何とか淡い笑みを浮かべた。

「……わたしも、そこにいられたらよかったのにな」

喉の奥が締め付けられたように苦しくなる。
ナマエは、オレが抱えたものを悲しいものと断じることはなかった、彼女はやはり、ただ受け止めただけだった。
……それこそが、オレが求めたすべてだったのだ。

ふたたび愛おしさが胸に押し寄せる。このナターレの夜には街に居場所もないように感じていたというのに、彼女は簡単に、今のオレがいるべき場所はここだと宣言してみせたのだ。本人がそういうつもりで言ったわけじゃあないことはわかっている、……それでも。

手を伸ばすと、当たり前のようにナマエの腕が伸ばし返される。裸のまま抱き合って、頬をすり寄せあう。オレの心をほどいてとかす、あたたかいもの。

それから、オレたちは黙って身体を触れ合わせたままでいた。彼女の手が、オレの背中を柔らかに撫でている。さっきまでの身を焼くような熱は遠く、穏やかな温かさがあるだけだ。

何故、どうしてこんなにも受け入れてくれるのか。
彼女を抱きしめたまま夜を見つめ、取り留めもなく考えた結果オレはどこか混乱しながらふとひとつの答えにたどり着く。
……自らそう思うことの傲慢さに少しめまいだってするくらいだが、いまさらの謙遜は逆に彼女を傷つけるだろう。

これはきっとすべてが、……オレは彼女に愛されている、その事実のあらわれに他ならなかった。オレを愛してくれるからこそ、これだけすべてを与えてくれたのだ。そしてその思いの強さは、オレが想像していた以上に深く大きいものだったのだ。

たどり着いたその考えを一人で処理しきることは難しく、思わず、抱きしめる腕にそっと力をこめた。……腕の中からは規則正しく、そして深くゆっくりと吐き出される息の音が聞こえてくる。

「……ナマエ?」
「……う、ん」
「……すまない、起こしたか? ……そのまま眠っていていいんだ」
「……ん」

ほとんど意識を手放しかけたぼやけた声の返事は、かすかな寝息に変わる。
隣で眠る熱の塊、温かいその身体を抱きしめながら、片手でゆっくりと彼女の丸い後頭部を撫でた。

こうしてふたりで過ごすナターレの夜に、子供の歓声は聞こえない、イルミネーションの光もこの部屋の中までは入ってこない。
そして同時に、ここには薬の匂いもしない、ベッドを囲む機械が立てる小さな電子音も聞こえない。

彼女の甘さのまじった汗の香りと、穏やかな寝息がここにあるすべてだった。

眠る彼女の頭をゆっくりと撫でながら、ふと、普段は気づかないようなささやかさで、この部屋で時計の針がたてる音が聞こえることに気付く。
そこに時計をおいたのは間違いなく自分のはずなのに、オレはこの部屋に住んでからはじめてその時計に目を止めたような心地になる。

白い盤面を見つめていると、暗闇の中で、黒い長針が静かにかちりと動いた。

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