2.抱きしめる

寝起きのブローノは、目の見えないけもののようだ。

低血圧の彼の身体は起動までにとにかく時間がかかるようで、一緒に同じベッドで眠るようになってから知った寝起きの姿は、昼間のいつでも堂々とした彼の姿とは結びつかないくらいだった。
ぎゅうっと眉を寄せたまま閉じられてるか、開いていても睨むように細められた目。身体は重力に負けるかのようにのそのそとした動きしかできなくて、いつもの半分以下の速度だ。
反応があるときはまだましで、ほとんど寝ぼけているときだってあった。

仕事の最中はアドレナリンが出てるからかなんだか平気なんだ、かわりに気を許せてしまう、安心してしまうような状況だとこうなる、朝食を口にしてようやく起動完了した様子の彼はどこか申し訳なさそうにそう言ったけれど、わたしはそれに特別感を感じて嬉しくなってしまうだけなので、  

「堪能させてもらうね」
とだけ返した。

「……楽しいもんじゃないだろ」
「わたしだけしか知らないと思うと、嬉しくなってしまうものだよ」
「そういうもんか?」
そういうものです、そう言って厳かにうなずいて見せるわたしに、ブローノは不意に、こどもみたいにやわらかな笑みを見せる。
「そう言われたのははじめてだ」
いつも申し訳なさしかなかったからな、そう続ける彼の笑顔は、わたしの心をぐらりと揺らすには十分すぎるほどだった。

そしてわたしは彼と共に目覚める朝をいつだって楽しみにするようになっていた。
腕の中のわたしに気づいている様子で重そうに頭をこちらに寄せてくる時もあるし、わたしが同じベッドにいることすらわかっていない様子で沈没している時もある。どれも、わたしだけしか知らない彼の姿だと思うと、無性に嬉しくて、いとおしい。

きょうも、久しぶりに二人で彼のベッドに潜り込んでおやすみを言い合った。ねむる前には甘い言葉を囁いて、そんなことするくせにわたしの返事を待たずに自分で言ったことに少し笑い、それから嬉しそうにこちらをみつめて頬を撫でてきたブローノが、……次の日どんな姿を見せてくれるのか、わたしは楽しみに思いながら眠りにつく。

翌朝、目覚めたわたしは自分が身動き取れなくなっていることに気づく。……本当に、ただ動けないのだ。
しかも暗闇の中で動けない、なんらかの攻撃を受けてるのかと寝起きの頭はパニックになるけれど、……そんなことはなかった。徐々に冷静になってきた脳が認識したのは、ただ……強い力を込めて、ブローノがわたしを抱きしめているという状況だった。

ぼそぼそと頭上で聞こえた声に耳を澄ませば、かろうじて聞き取れたのは甘えたようすで私の名前を呼んでいる声だった。その直後、さらに強く腕に力が込められて、わたしは彼の裸の胸に思い切り顔を押し付けられる。……息が、うまくできない。

「……ブ、ローノ、…!!」

名前を呼んでみるけれど、……だめだ、当然のように彼はねぼけている。分厚い胸板に押し付けられてしぬんだろうかわたしは、いや彼のその胸元が大好きなのはそうなのだけど、いつだって、くちびるを寄せて許されるならあとをつけてみたいと思ったりするくらいだけど死因を彼の胸板にするわけにもいかない、……第一そんなことになったら! きっと優しい彼がひどく傷ついてしまう!

押してもだめ引いてもだめ、裸で眠る彼を傷つけないようにしながらしばらくひとりで格闘して、……彼の身体との間に空間を生み出して何とか顔を横に向けることに成功した。
ぜえぜえいいながら必死になって酸素を取り込む、……なんだか見えちゃいけないものが見えた気がする、天使か何かかも……。

「……あははっ」

なんとかどうにかなってしまえば急におかしくなってくる。普段は彼本人にも寝起きのときどんなに可愛かったかなんて伝えないのだけど、……今日くらいは、言ってみようと思う。

相変わらず彼の太い腕がわたしの身体に回されたままで、油断すると身体も軋みそうになるけれど、これが本当に無意識なのが余計に愛おしくて、裸の腕をそっと撫でる。