1. 手をつなぐ

「……今日、は……手を繋いで、おでかけしませんか」

デートの待ち合わせ場所に現れると同時に、握手を求めるように彼に向かって片手を差し出す私を、ブチャラティは不思議そうに見つめていた。

私たちは側からみればまるで恋人同士には見えないくらい、節度ある距離を保って過ごしていた。家の外では、余計に。それは私と彼がまだ付き合いはじめたばかりだから、というのが唯一の理由ではなく、もともとブチャラティはまるで私の兄のように世話をやいてくれていた人で、その印象ばかりが強いまま、お互いにうまく正しい距離がつかめないまま恋人同士になってしまい、……結局、なんだか付き合う前とあまり変わらない距離をたもって日々を過ごしていた。

こういうのはタイミングだ、お互いが求めるタイミングと、何より同意が大事なのだ、……そう思うけれど、はじめから恋愛を意識してはじまった関係じゃない私たちだからか、普通にしているとなかなか関係は進んでいかない。何事も無理に進めないという彼の優しさに何度も触れてはその誠実さに感動しつつも、……それも度が過ぎてくると、ブチャラティは私のことをまだまだ妹のように思っているのかもしれないと思えてくる。……それでも、わたしはブチャラティの恋人、のはずだ。

だから、今日のデートはどうしても、手を繋いで外を歩きたくて私から誘ってみたのだ。想像してたより全然スマートにできなくて落ち込むけれど、……彼が不思議そうな顔をしたのは一瞬で、ブチャラティは私のことばを聞いてふっと表情をゆるめて笑う。

ああ、この……ぎゅっといつも力がこもっている、(その表情も好きなのだけど、)彼の鋭い目の周りや眉間が、私を見てふっとやわらかく開かれるその瞬間こそが、何より好きだった。

「……仰せのままに、女王陛下」
ブチャラティは、お世辞にも女王には決して見えないような、強いていうなれば市長候補に握手を求める群衆の一人、みたいなポーズをした私の手を取ってそう言うと、そっとその甲にキスを落とした。
……それだけで自分の体温が、まるで度数の高いお酒を喉に流し込んだみたいにかっと熱くなるのががわかる。それをごまかすみたいに、なんでもないふりをして呟く。
「……私、そんなに偉そう?」
「違うさ、……それぐらい、オレにとってはその命令にあらがいがたいって話だ」

行くぞ、そう続けてから、彼はそれがなんでもないことみたいに、私の手と自分の指を絡めた。……ばかみたい、それだけでまた顔が赤くなる。

……手を繋いでから、気づいたことがある。
大きな彼の手のひらに触れている間、かなり大きさに差のある私とブチャラティの手だと「手を繋ぐ」というよりも、私の手のひらがその分厚い手になんとか引っかかっているというような印象になる。それでもいいのだ、私が嬉しいから。

そして見上げた先の彼は、……想像してた表情とは違う、ちょっとだけ照れたような、……困ったような顔をしていた。
どうしたの、私が聞く前に彼の方が先に口を開く。

「……なあ、……笑わないでくれよ」
「何?」
「……バカみてえかもしれないが……オレは今、少し浮かれてる」

…………誰より賢くて、人徳があって、物語に出てくる賢者みたいなお年寄りだって彼を頼りにするくらい、町中のみんなに心を寄せられている、本当の年齢よりもきっと達観していて、誰よりもリーダーらしい人。
そんな彼が、……ただ手を繋いで歩いてる、ただそれだけでそんなことを言うなんて思っていなくて、それはあまりにも不意打ちで、ああ、

(……かわいいなあ……)

でも、それは言わずに心の奥にしまっておく。わらわないでくれ、わざわざそう伝えてくれた彼の心を尊重するには、それがいいように思えたのだ。でも覚えておく、わたしの恋人がこんなにかわいいひとだということを。

「奇遇だね、私も……すっごい浮かれてるよ」
繋いだ手を顔の近くまで持ち上げる。彼がしてくれたみたいに、今度はわたしが彼の指に音を立ててキスを落とした。