仕事の後、チームの奴らでメシなんか食いに行くことがある。自分が再び他人と食事をする日が来たという事実に、不思議な気持ちになったりもする。ブチャラティはともかく、ガキみてぇな年のやつらとテーブルを囲んでいるとなると、余計に奇妙な感覚だった。
今のところ、オレはこのチームの中では最後に入ったわけだからチームの下っ端と言やあ下っ端だ。あいつらはこちらをそうは思ってないようだが、まだまだ知らないことが多いのは事実だ。だからこそチームの中の人間関係、それぞれの性格やクセを観察するのは義務であるように思っていた。
そうしている中で、どうやらうちのリーダーとナマエは付き合っているようだ、と知ることになったのだ。
ふたりは妙に距離が近く、あいつもブチャラティもそれを隠そうとしない。他人じゃあありえないような対人距離をとっている。顔が近え。ナランチャとフーゴのふたりも、ブチャラティとナマエだけ距離が近いのも特に何も気にしていないようだった。
あっけらかんとしたナマエの性格だから誰に対して少し距離が近いと言えば近いが、なんていうか、あいつらの関係は少し、ナマエの性質だからと言い切るには含みが多すぎる。
例えるならば、無言で差し出されたカップを中身も見ないで受け取って、そのまま礼だけ言って飲んでいたりするような。そこにお互い疑問もなく、当たり前の顔をしているのだ。相手が自分の差し出したカップを必ず受け取るとわかっている、相手は自分の求めないものを差し出してくることはないと知っている、そんな具合だ。
はじめはそんな言葉もなく当たり前に距離が近い様子を見て兄妹かと思ったが、そうではないことはナランチャのやつから聞いた。ならば、長く続いてる恋人同士、それが二人の関係だと思っていたのだが、
「じゃ、わたしこれからデートだから。あとは皆さんごゆっくり～」
チームのメンバーでメシを食っている最中、金をテーブルに置きながらナマエはにこやかに立ち上がったのだ。
「……デート、って……」
相手はブチャラティか？ だがあいつは今便所っつって席を立っている、そのままふたりで出て行くってことだろうか。
「ん？ 最近知り合ったんだ。なかなかいいやつっぽいから、一回くらい一緒に飲んでもいいかな〜って。試しにね！ まずは試しに！」
だからここで食べる量減らしといたの、そう言い残してあいつはさらに何かを聞く余裕も与えずに店を出て行った。
戸惑った様子のオレの態度を見て、全部分かってる、みたいな顔をしたフーゴと目が合う。下世話かと思いながらも、その表情に促されるように言葉が口をつく。
「……あいつらあれで付き合ってなかったのか」
「……らしいですよ」
「いや付き合ってなくちゃあいけねえなんてことはないが、なんていうか……」
言葉を探しながら眉を寄せるオレを見て、フーゴがかわりにオレの言葉を引き取った。
「あの、お互いに相手が自分のものみたいな態度とってるくせに、でしょう？」
やけにすらすらと放たれた言葉に頷いて見せれば、わかりやすくフーゴはため息を吐いて見せた。
「アバッキオ、あんたも思いました？ ちょっとそう言ってみてくれないですか」
フーゴはオレの背後に目を向けながら言った。便所から戻ったブチャラティのやつが、一体何の話だ？ というような少しきょとんとした顔で席に着く。ナランチャが食いかけのピザを掴んだまま、ナマエは今からデート行くんだって、そう言って聞かせると、ブチャラティは静かに頷いた。まるでナマエの予定は前から知っていたみたいに。
「らしいな、昨日聞いた」
「あんたは、……それでいいのかよ、ブチャラティ」
「………………あいつの自由だ」
自由だ、そんな言葉にはそぐわないほどのたっぷりのタメを作って言われたせいで、思わず自分の眉間に皺が刻まれたのがわかる。
フーゴの方はもっとあからさまで、呆れたような顔でまたため息をつく。それを聞いてナランチャが声を上げた。
「まーたフーゴが残念がってる！」
「ぼくはね、残念がってるんじゃあないんですよ！ いい加減もどかしいからさっさと答えを出せってだけなんですよ！」
「なー！ お似合いなのにな！」
声を少し荒げたフーゴに、ナランチャがウンウンと頷きながら返すがそれはフーゴが求めた答えではなかったようだ。
「だぁから、ぼくのは違うって言ってるだろッ！」
「どう違うんだよぉ〜、一緒だろ！？」
ふたりがテーブルを挟んで言い合いをはじめたのを、ブチャラティはある程度までは静観するつもりのようだった。カメリエーレに注がれたばかりのワイングラスに手を伸ばしながら、無言で自分を見つめるオレの視線に対しては片方の眉を上げて問い返す。
「……実際どうなんだ、あんたは」
「どう、とは？」
「……あいつのこと、悪くねえとは思ってるように見えるが」
ブチャラティは返事をする前に、掴んだグラスからワインを飲みこんだ。その後もオレの方は見返さないまま、テーブルのあたりに目をやって、囁くように言った。
「……恋愛ってのは、はじまったら終わりがあるもんだろ。特にあいつの恋愛は一揃い、終わるとこまでが基本になってるってのはよく知っている。…………終わらせたくねぇから、はじめないと言ったら笑うか？」
フーゴとナランチャの言い合いの隙間から聞こえた言葉が正しくオレに届いているとしたら、たしかにブチャラティはそう言ったはずだった。だがそれは、街に転がっていた行き場のないやつらを拾い上げて自分のチームに引き入れて、居場所と生きる意味まで与えた男が囁くにはあまりにも、……いじらしくて臆病な言葉に聞こえた。
「……それでも、そんなのは結局あれだけ近くにあの女が戻ってくるのがわかってる、余裕のあるやつの言葉に聞こえるな」
ブチャラティは一瞬驚いたような顔をしてから、やけに素直な笑顔を浮かべて見せた。
「余裕か、こんなザマでも余裕に見えるか」
「もしもオレがナマエと恋人になりてぇ男だとしたら、あんたの存在はそうとしか見えねえな」
帰ってくることをわかっていてそんなことを言うのならもはやそれは傲慢ですらある。そこまでは言わないながらも、オレの言葉を考え込むように黙るブチャラティをそのままにしつつ、どう見てもサラダより硬いものに突き刺すやり方でフォークを握り直して椅子から立ち上がったフーゴを止める代わりに、あいつの椅子を蹴ってやった。ぎらついた目がこちらを見るが、あいつの怒りは案外持続しないし、部外者の目ですぐに冷えることも知っている。キレやすいっつったって、有り余る理性がそれを上塗りするのだ。
舌打ちだか口の中でくぐもった謝罪の言葉だかわからないような音を立ててから椅子に座り直すフーゴの隣で、静かに考え込んでいた様子のブチャラティが突然立ち上がった。
「……悪いが、少し……出てくる」
フーゴとナランチャは少し驚いた顔をして、ブチャラティを見上げる。オレはくちびるを歪めるような笑いを浮かべながら返すだけだ。
「ああ、そうしろ」
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jo夢ワンドロワンライさんにお題「つかず離れず」で参加作品