大人ほど不器用と言いますが

「なあ、あんたブチャラティんちっていったことある?」
「……何?」

帳簿を必死にめくりながら、指が折れそうな強さで電卓を叩く女に突然かけられる言葉としては明らかに異質な言葉がかけられて思わず手が止まる。オレンジ色のターバンの……確か、ギルガ、だ。彼自身はそれをおかしな言葉だと思ってないみたいで、テーブルの向こうからニコニコと人懐っこい笑顔を向けてきた。

私がいま集計しているのは彼ら、ブチャラティチームが集めてきた回護料だ。きちんと取り決め通りの額を組織に納めているのか、時折こうして私のように、チームとは関係の無い人間が送られてきてチェックすることになっている。そこで額のズレがあれば当然もろもろ面倒なことになるわけで、普通のチームなら厄介者扱いされることはあってもフレンドリーに対応されることはほとんどない。
だけど、明らかにこの……ブチャラティチームは、対応が違っていた。応接ソファで、飲み物まで出てきての集計なんて、他のチームではありえない。しかもこんなふうに、楽しげに話しかけられることも他ではもちろんない。集計係なんていつだって損な役回りだとも思っていたけれど、それが当たり前だとも思っていたから彼らの対応はひどく新鮮に思えた。

そして突然話題に出された「ブチャラティ」、事務所の中、私が座る応接ソファの奥でデスクに向かう彼にちらりと目線を向けてみるけれど、こちらの会話には特に気づいていないようで難しい顔をしたまま何か書類に目を落としている。
ギルガは私の戸惑った返事を気にも止めない様子で、話し続ける。

「ブチャラティんちだよ! あのね、ブチャラティんちってすげえんだよ。普通さあ、男の家に遊びにいったら、“おもてなし”っつーの? そういうのって全然ないんと思うんだよね。それがフツーなの、女の子はどうだかわかんないけどさァ」

突拍子もない話だが、なぜか手を止めて私は彼の話を聞いていた。

「まあ、てきとーにお菓子とか酒とかつまんで寝るんなら床なりソファなり適当にしろって感じだし、その代わりポテチのゴミとかはそのまんまでいいぞ、みたいな……。それがフツーね? 男の家で遊ぶときの! でも、オレブチャラティんちじゃそれ絶対無理だから! ゴミその辺に〜とか無理! ブチャラティってさ〜、ずーっとこれみるか? これ飲むか? お腹すいたか? ってしてくれて……家にいる間ずーーっとブチャラティが世話してくれんの!」

他のチームではありえない待遇を自分が受けていることもあって、なるほど彼の言うことにある程度の納得感はある。ただなぜ、急にそんなことを言い出しているのかはわからない。彼自身が話したいだけだろうか? ……それはありそうだ。

「でもさあ、それでも永遠にべたべたって感じでもなくて、お互い、道具の手入れしたり、……あ、オレ大事にしてるナイフがあるから、それ磨いたりすんの。ブチャラティは別にそれ見てるわけじゃなくて、本読んでたり、レコード聴いてたり、なんかそんな風にそれぞれ全然勝手に過ごしててもなんか気まずくなくって、……とにかくすっげえの! なんていうか、めちゃくちゃ居心地いんだよな!」
「そう、なんだ」
「そうなんだよ!!! ブチャラティってさあ、マジでほんっとうにいい人なんだ! なあ、だからさあ、」

ここまで立て板に水を流すがごとく話続けていた彼に、ようやく相槌を挟み込む。それで話は終わるかと思えば、急に真面目な表情を浮かべた彼は、ずいっとこちらに顔を近づけると片手を口の横に置いて、こそこそとささやくように言った。

「……オレね、あんたはお試しでもいいから、一回、ブチャラティと付き合ってみたらいいと思うんだよね」
「…………。 何!?」

一瞬本当に、今何を言われたのかが理解できず今度はさっきよりも大きな声が出てしまう。はっとなってまたブチャラティのデスクの方へ目をやるけれど、相変わらず集中しているようでこちらの会話は聞こえていない様子だった。

「な……なんで急にそんなことを……?」
「ブチャラティっていい人だろ?」
だから至極当然だといわんばかりの表情で言われても、何も理由にはなっていない。

「それは……知ってる、この辺に来たらみんな彼のこと話してるし、……いつも良くしてくれるし、」
「っだろお!? そんでさ、多分……ブチャラティはあんたのこと好きなんだ」
「……はぁ、えぇ……?」

話についていけなくて、思わず変な声が出てしまう。ただでさえ数字を睨み続けて沸騰しかけていた脳に混乱の追い討ちをかけられて、頭の奥がずうんと重くなってくる。
……聡明で優しい彼に好かれる、なんてことで自分が迷惑だとかそういうことは無いけれど、根拠もなしにそう言われてしまうブチャラティは、……迷惑に感じるだろうな、とは思う。

「何をもって……『多分好き』、になるんですか……」
ありえない、突然すぎる、意味がわからない、もろもろ呟いていたら焦れたように目の前の少年は言った。
「そー思うんなら、しゃ……シャコージレイ!で、いいから、ブチャラティんち行ってみたい〜って言ってみてよ! 試しに! そしたら絶対わかるって!」

ギルガは私の戸惑いの表情に何を読み取ったのか知らないが、ハッとしたようにブチャラティの方に向かって突然叫ぶように言った。

「なあ! ブチャラティ! この人もさー! こんどブチャラティんち遊びにいってみたいってえ!」
「あっ、何す…」

さっきまで周りの声も耳に入らないくらい目の前の仕事に集中していたはずのブチャラティは、その大声でようやく顔をあげ、こちらを見た。

「それは……。急な話だが、正直楽しみだな。 君ならいつ来てくれたって構わない。ずっと、もっとじっくり話がしてみたいとずっと思ってたんだ。きみの休みは?」
さっきまで、書類を睨むように見つめていた顔がふわりと一瞬で緩んで、笑顔まではいかないけれど、とても柔らかい印象になる。目の奥の光ごと優しいものに変わっていて、まるで素直で誠実な心の底が透けて見えるみたいだった。

その落差に思わずドキッとしてしまう、彼の言葉は冗談を言ってるみたいにも聞こえたし実際そうなのかもしれないけれど、あまりにも優しい顔を見せられて、突拍子もなかったはずのギルガの言葉が突然リアルな重さを持ちはじめる。

「なっ、なっ? 言っただろ、わかるよな? 絶対そうだよなーっ!」

そんなわけない、そう一蹴するには心許なくなるような優しい顔を見てしまったせいで、何も言い返せなくなったわたしは黙り込むしかない。

「? どうかしたか?」
「ううん、なんでも無いぜブチャラティ! ……いまは、ね!」

話題の中心にいることを知らないブチャラティは不思議そうな表情を浮かべ、オレンジターバンの少年はこれ見よがしにわたしにウインクなんかしてきた。半分恨みがましく、音だってしそうな陽気なウインクにじっとりした目を返すしかない。

一番居心地の良かったチームでの仕事が妙な形になっていくのをだまって見ていることしか出来ず、……そして妙に彼を意識するようになってしまうのもまた、私は止められなくなっていた。

#jo夢版ワンドロワンライ お題「至れり尽くせり」で参加作品