薄氷で踊る

“Tango” – A girl

「……ぅう、あ……ぐ、ううぅううぅ」 眠りながら、……いやこれは眠っているなんて穏やかなものではない。意識を失ったまま、唸り声をあげる彼をベッド脇に置いた椅子から眺めている。 私は、わかっているつもりになっていた。彼が生きる世界のことを。で…

“Passo veloce” – Mista

「……ブチャラティ! ックソ!」 叫びながら駆けつけたオレの視線の先、地面にぶっ倒れたその姿はすぐに見つかった。白いスーツが闇の中でぼんやりと浮かび上がっている。歯を食いしばりながら、ほとんどつんのめるように勢いよく地面を踏みしめブチャラテ…

“Blues” – Abbacchio

 二人であたった初めての任務で、車に乗って遠出するとなった時。……半分昔の職業病で当たり前の様に運転席に乗り込んだオレを見て、ブチャラティは一瞬だけ目を丸くしてから、柔らかく笑って「そうだな、オレよりずっと運転がうまいよなきっと、お前は」そ…

“Paso doble” – Bucciarati

これは、腐臭だ。 潮の匂いに混じって鼻に届く生臭い死の匂い。港の端、淀むばかりで流れも波も発生しないコンクリートで固められたこの場所で、海は腐る。 接岸する巨大なタンカーの背から、吊り下げられたコンテナがゆらゆらと揺れながら地上に下ろされる…

“Valzer” – Fugo

ぼくは、この時間が好きだった。 ブチャラティとぼくだけが事務所に詰めていて、ふたりでそれぞれ書類と睨み合うこの時間。 紙をめくる音と、考え込んだ彼がたまにトントンと指で机を叩く音、それ以外はほとんどなんの音もしないこの時間。このシーンだけを…

“Foxtrot” – Narancia

ブチャラティが嬉しそうに、恋人ができたのだとみんなの前で言った日のことをよく覚えてる。 考えすぎーってくらいその人のことを思って考えて、オレたちの前でもたくさん悩んでて、でもブチャラティがかっこよくてめちゃくちゃいい人なのはオレたちは知って…

“Jive” – A girl

それは、この街では良くあることだった。ひょんなことから麻薬がらみの事件に巻き込まれる。それまで縁遠かったはずの暴力に晒された心は硬直し、その場所から逃げ出せなくなる。そしてどうにもならなくなった結果、自分の身を売って生きるようになる。そして…