5部夢

その名は希望 -4-

 きっとオレの中にあったのは、とんでもない傲慢だったのだ。オレだけがあいつを理解できるのだという傲慢、そしてあいつにはオレしかいないのだ、なんて思い込むという傲慢だ。 ……あいつはもう、ひとりで立派に生きている。それをいつまでも子供扱いして…

その名は希望 -3-

 裏社会のごたごたに巻き込まれて怖い思いをさせられたカタギの女。 一言でいえば、それが彼女だった。 そんな女が、裏社会の権化のようなギャングから好意を寄せられていることを知ったら、……あるいは、好意を伝えられたとしたら、どう思うだろうか。 …

プロローグ 「群明暗光」

 荒れた海の恐ろしさを、オレはよく知っていた。 進むべき航路を辿ることすら難しく、しかも船は人を乗せていることを忘れたかのように、こちらを振り落そうと激しく揺れ続ける。そんな目にあえば、人間なんてものはそもそもちっぽけな存在で、自然にしがみ…

21.一緒に踊る

身体が重い。ひとりのベッドでむかえる朝はいつだってそうだった。どんなに爽やかな光が寝室に差し込んでいたって、重い手足を持ち上げるのはかんたんなことじゃあない。起きたところでどうせひとりだと思えば余計に、うまく開かないまぶたと格闘する気にもな…

偏愛を許せ

急な大雨の音にふとベランダに窓から頭を出した時、狭い裏通りを大雨に振られながら、傘もささずに走る彼の姿を見かけて思わず叫んでいた。よかったら雨宿りして行って! これから雨はもっと強くなるらしいから!その言葉にブチャラティがうなずいたかどうか…

Dolcezza

「……今帰った!」やけに上機嫌な大声が聞こえて振り返った先、ブチャラティは何故かリビングの入口で仁王立ちしていた。「おかえり……って、わ、めずらし」そしてそのままブチャラティは、返事もせずに私の目の前で流れるような動作でソファへ墜落したのだ…

ドレスコードなんて

「そんな、殺すつもりなんて——」わざとらしい節をつけた、汚いしゃがれ声が頭上から聞こえた。随分と酒に焼けた声だ。もしかすると『こんなこと』してる今も酔ってるのかもしれない。その声を横で聞くわたしのこめかみのあたりに、硬く冷えたものをごりごり…

世界で一番きれいな、

いつになったらここから出れるだろう、もう濡れるのは覚悟して走っていくしかないか……。半分絶望的な気持ちで、私は目の前で途切れることなく雨が地面へと降り注ぐ光景を見つめていた。きっと部屋の中にいれば読書にも向きそうな良い雨音だとさえ思えただろ…

AM5:35

冷たい空気の層を、重い足取りでかき分けるように一歩ずつ何とか歩いてゆく。ああ、……だめだ、眠い。とにかくへとへとだった。油断すると立ったまま寝そうだ。空気まで青い夜明け前の世界を、無言のままブチャラティと連れ立って歩く。今、お互いが発するの…

海の底で眠る

父の手が、好きだった。日に焼けて節くれだった、海で働く男の手だ。分厚く茶色いその手に憧れていた。父さんのように真面目に漁師の仕事をしていれば、いつか自分の手もそうなるんじゃないかと夢見ていた。一緒に海に出ていてもすぐに手だけが変化するなんて…

はじまりはすべて闇

「いやいやいやさすがにそれは!ナシ!ブチャラティ!」「そんなこと言ってる場合じゃあねえだろ! いいからこい!」「いやだ! やめっ……あ……!」はじめてあんなに強く、ブチャラティに手を掴まれた。出会った時はただの一緒に仕事をしてる仲間ってだけ…

その名は光 -1-

これは、ブローノ・ブチャラティに救われた、一人の人間の話だ。このネアポリスの街にはきっと山ほどいる人間の中の一人、彼に命を救われて、生きていく希望を与えられて、命に意味を与えられた、きっとよくいる、一人の話。彼は、わたしのつまさきから頭のて…