5部夢

この夜にただ二人

「……ッ…おい、お前……今日が何だか知らねえわけじゃあねえだろうが!」薄暗い路地、回収車なんか永遠に来ないゴミ袋の横をずりずりと這っていく男が、オレを見上げながら吐き捨てるようにつぶやく。「今日は……なあ、おい……ナターレだろ……? なんだ…

再生

彼女が自宅から一番近いコインランドリーを訪れたのは、このネアポリスに今も降り続く長雨のせいで洗濯ができなかったから、ではない。ただ彼女がよそ者で、見知らぬ誰かと見知らぬ土地での短いルームシェアを繰り返して部屋を転々とした後、ようやくここネア…

悪霊の目は夜半に光る

「ここ、誰か座るかい?」特にうまくもまずくもない、ただ仕事場から一番近いメシ屋だからという理由だけで通うこの店で、店員以外から声をかけられたのははじめてだった。ぼんやりと顔を上げると、黒い髪をまっすぐに切りそろえた青年が、人の良さそうな顔で…

La mattina

「おい、棚いらねえか」「たな? たな、って……これ、棚っていうか……サイドテーブル? かな?」アジトに帰ってきたブチャラティが部屋に入ってきてすぐ発した言葉に、わたしは一瞬固まった。ブチャラティが玄関ドアの向こうから手招きするのに誘われるが…

Questi sono per te!

「ほーーら、わたしのアモーレたち! 受け取って!」ハート型の缶ケースの中に規則正しくならぶ、きらきらした包装をまとったチョコレートの粒をにこにこしながら差し出してみせる。するとうちのチームのやつらはいつもたむろっている向かいあったソファや執…

5.デートに行く

前日譚はこちら⇒【潜熱】///「いま……、なんて言った? わたしに……恋人のフリしろ、って、言っ……?」「……ああ。少し厄介な仕事になりそうなんだが、恋人同士って顔して忍び込むのが一番手っ取り早そうなんでな」事務所の机越しに、まるでそんなの…

少しずつ持ち寄る

「私もさあ……ブチャラティの役に立ちたいんだよ……。頼られたいの、……守られるんじゃなくて……! わかる!?」……目の前で、アルコールで頬を赤くした女がくだを巻いている。……もうこのセリフも何回聞いた? 一回や二回じゃ済まないのは確かだ。「…

光暈

私の部屋。坂の町であるこのネアポリスの、町のてっぺんと海から見たらその真ん中くらい、狭い路地に面した、窮屈ながら家賃は安い部屋。常に誰かしらの生活音が部屋の中からも外からも聞こえてくるくらい壁も薄い。隣のおばあちゃんなんか道を挟んですぐ向こ…

Fondere

空中にさまよわせたまま定まらない私の目線に気づいたのは、ブチャラティだった。ああなんかふわふわするかも、自分の体に対してそれくらいの雑な認識でいたら、街の人にもらったりんごをいつものように私に分ける(わける、というのは正しくない。事実は、彼…

不可逆

「あなたの時間を、二日ください」ひどく緊張しながら、彼にそう伝えたのはまだ八月のことだった。ダイニングテーブルにふたりぶんのコーヒーだけ置いて向かい合うのは、なんだかまるで面接みたいだなんて思いながら、私は勇気を出して伝えたのだ。その言葉を…

その名は希望 -6-

 顔にかかる朝日のまぶしさで、目が覚めた。 強い日差しに顔をしかめながら、明るさに目をなじませるように少しずつまぶたをこじ開けていく。そうして見えてきたあたりに広がっていたのは、見慣れない部屋の風景だった。……一瞬、理解に時間がかかってから…

その名は希望 -5-

 ふたりで、彼女のベッドに隣り合って腰を下ろしている。指先だけをわずかに触れ合ったままにしていれば、そこからまるでお互い感電するみたいに、しびれるように熱い。「……せっかく整えてもらったって髪だが、くずしてもいいのか」 隣に顔を向ければ目に…